節約は「投資先と投資量」を見極める技術のこと

無駄をなくすという節約の発想

私は節約をバカにしていた。
でも今は節約をバカにしていない。
節約は大事なスキルだと思うからだ。
とは言っても、「何時間も掛けて10円お得な商品を買う!」みたいな行為を推奨する訳ではない。
というか、そもそもそれは何一つ節約になっていない。
その人の時給が1円程度ならば一考の余地はあるが、今はそんな時代ではない。

そして節約と言っても、食費や光熱費を切り詰める事だけを言う訳でもない。
もっと大きな意味でのエネルギーを無駄に使わない方法とう意味での節約が大切だと思うのである。
そういう大きな枠での節約を極める事ができれば、2万円3万円と言った苦労の果ての節約結果ではなく、楽をした上で数十万数百万と言った金額を得る事だって可能であると思うのだ。
無駄なエネルギーを極力なくして、お得に生活するための技術。
それこそが節約である。

節約は投資先と量の話

まぁ要するに効率化の技術に近い部分はある。
しかし少し違う。
効率化とは少ないエネルギーで如何に大きな成果を得るか?という点にあるのであり、節約は無駄になっているエネルギーを有効に活用する考えだからだ。
効率化が投資方法であるならば、節約は投資先の話だ。
如何に少ない投資量で大きなリターンを得るかも重要だが、そもそもどこに投資するのか?という点も非常に重要である。

そういう発想が節約の根底にはあるのだと思っている。
「贅沢な食事」や「豪快な光熱水道」の使い方をしている人を見て、「お金を使う場所が間違っている!」と思った所からが節約の始まりなのではないだろうか?知らんけど。

だからこそ、意識的に一日一食だけの死なないだけの食事をして命からがらで生きている人が居ても、それは節約ではないのだ。
投資量を間違えていることで本来肉体の健康によって得られる成果を減少させているのだから、節約の失敗である。
ならばどんな事が節約と言えるのだろうか?それは「投資先と投資量が適切である場合」であると考える。

節約の失敗例から考える成功

「投資先と投資量が適切である場合」が節約に成功したと言えるのならば、まずはこの定義に準じて「節約に失敗した」と言えるケースを思考して成功方法をあぶり出そうと思う。

節約失敗例:投資先を間違えた場合

これは言うまでもない。
月の電気代が100円安くなるエアコンを30万円で買うような場合だ。

それ、元が取れないよね?損するよね?というケースなので、「100円安くなる!」という触れ込みにまんまと騙されてしまう場合だ。
これを絶対に節約と読んではいけない。
ただのセコい広告に騙された阿呆と呼ぶべきである。

節約失敗例: 投資量を間違えた場合

先程の例のように、食費が掛かり過ぎだから節約しようと思ったものの、食費を削り過ぎて健康を残った場合である。

多すぎた投資量を減らす事は賢明だが、減らしすぎるのは阿呆である。

節約において大切なのは無駄を省く事であり、大切な物を削る事ではない。

節約失敗例: そもそも投資していない場合

せっかくの「エネルギー、リソース、資産」があるのに、それをそもそも投資していない場合だ。

体力が溢れているのに一日中何もしないとか、潤沢な貯金があるのに一切手を付けないとか、価値のある商品を保有しているのにまるで販売しないとか、役に立つ知識があるのに活用しないとか。

そういう、十分に持っているのに使わないケースは非常に損である。

逆に節約を極めている人は、使える物はちゃんと使い切る。
投資量と投資先も大事だが、「そもそも私には他にも投資できるものがあるんじゃないか?」という発想も大切に持っておくべきだ。

節約と宝の持ち腐れ

「宝の持ち腐れ」という言葉がある。
宝は持っているだけでは意味がないのである。
使わなければ無駄なのである。
節約は大事だが、使わない事が必ずしも大事である訳ではない。
無駄をなくす事こそが大事なのである。
無駄が一切なければ、特別な才能を持たなくても、潤沢な金銭を有していなくても、無駄が多い平均的な人間よりかは遥かに優秀な存在になれるのである。
そのために大切なのは「どこに、どれだけのエネルギーを割り振るか」という節約の発想が不可欠である。

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