デブを舐めてはいけない、侮辱してはいけない。遺伝的な問題であるし、冷静に考えるとデブって強いぞ。

デブって、実は強くね?

デブっていう存在は、現代ではあまり憧れの視線を向けられるケースは少ない。

よくよく考えるのならば、巨体なのである。つまり重量があるから攻撃力が高い。ということは強い。そしてさらには厚い脂肪で体の外面を覆っているから、防御力が高い。つまり強い。

デブってのは強靭な鎧に包まれているから、確かに移動速度と体力消耗速度は速いのだが、それでも攻撃力と防御力は絶大なレベルを誇っているのは確かだ。袋小路に追い込まれたら一巻の終わりである。

そらまぁ、武器やらを持って、機敏に戦うのであればデブ相手でも善戦できるだろうが、現代ではあからさまに武力とか武器とかを所有するのは社会的に許されない行為なので、いざ喧嘩という事態に発展したのならば、真正面から拳で殴り合わなければいけないのである。

そんな時、よくよく考えるとデブは強い。何の因果か、デブというのはあまり評価の高い存在ではなくなっているのが不思議なくらいである。

デブは馬鹿にされやすいとか、気が優しくて力持ちとか、なんとも肥満体型については畏怖の対象というよりかは安心の対象になっている感がある。冷静に考えれば、巨体は畏怖の対象に違いないのにだ。

何故だろうか?

体型を馬鹿にするのはダメ

相撲というスポーツがある。日本の国技だそうだ。私はそんなに相撲を見ないけれど、それでも分かることがある。相撲のプロの突進が直撃すれば、私は数秒以内に天国に行けるだろうということだ。

純粋な巨体の体当たり、それは一般人にとっては死を意味する。鍛え上げられた肉体から放たれる攻撃は、どんなに単純なものであれども、強烈な攻撃力を持つのだろう。

そう、鍛えたデブは強いのである。そして、体型というものは、ほとんどが遺伝子によって決定される。何を食べても痩せている人は痩せているし、太っている人は太っているのである。人は自分を基準にしか物事を考えられないし、大概の人は太ってはいないから、太っている人は怠惰の結果で太っているのだと勝手に判断する。自己都合の勝手なイメージである。

実の所、痩せたくても簡単に痩せられるものではないし、太りたくても簡単に太れるものではないのである。デブが頑張っても中肉中背が良い所だし、痩せが頑張っても小太りが良い所である。

つまりは、大概の中肉中背の人間達は、どう頑張ってもデブにはなれない。圧倒的な攻撃力と防御力を手にすることはできないのである。ならば、どうやってそんな脅威に対抗しようと考えるだろうか?

「デブは弱くて優しい」というイメージを世間に浸透させることである。都合の良い先入観を脅威となる相手に埋め込むことにより、そもそもの戦意を根こそぎ奪ってしまおう、という策略である。成程、現代人らしい姑息な作戦である。

だが、ペンは剣よりも強いように、テレビと常識は武力に勝利したようで、今現在では、デブについては強靭なイメージがない。

という私が勝手に考えたストーリーは、ほとんどが妄想に近いのかもしれない。私が今まで遭遇してきた肥満体の方々が、たまたまそうだったから、私はそれに都合が合うような物語を創作したに過ぎない。大概の人は見聞きした情報でしか何かを組み立てられないのである。

だがしかし、デブの攻撃力と防御力が強いのは揺るぎない事実であろう。

自分がそうでないからと言って、そうでない人達を安易に侮辱するのは、間違いなく己を苦しめることになるだろう。

デブを侮辱してはならない、その人達だって望んでその体型になったとは限らない。デブを舐めてはならない、突進されたら大概の人は吹き飛ばされます。

アドセンス
改行

スマリッジ
改行

toppage