理想的な人生には、苦難や苦悩がたくさんある!長期的な視点で見れば困難もまた演出の一つ!

困難も自分を飾るための材料に過ぎない

ポルノグラフィティの歌詞かなんかに「ハッピーエンドだけの映画なんて3分くらいあれば十分なんじゃないかぁあぁぁ!?!?!」みたいな言葉があったと思う。

なんの曲だったか忘れたけれど、物凄く印象的だった。
ポルノグラフィティやばい、マジやばい、ってなった。

確かにその通りで、成功は瞬間であり、それまでの努力は長大である。

成功が点ならば、努力は線。
そう考えるのならば、人生をロングショットで見た時の大半は努力で構成されているのだから、苦難や苦悩について必要以上にナーバスになる事もないのかなぁ、なんて感じる。

一切の苦悩なしに成功した人間なんてまずいないだろうし、仮にそんな形で成功した所で、きっとその成功は味気ないはずだ。

よって、今苦しいと思っている人は「苦しめてくれてありがとうございます!!」と、鞭で叩かれながらも満面の笑みで感謝をするマゾヒストのように生きるのが正しいのではないか。

成功者はサディストでありマゾヒストなんじゃないか

何かの分野で成功する。

よって成功者の種類は豊富に存在するのだけれど、たくさんの成功者の中でも共通する部分はある。

それは「その分野の中で、質or量において一番の提供者になった」という事だ。

質の良い製品を作り続けて成功した人もいるし、既存に製品を格安にして大量生産して豊かになった人もいる。

なんであれ、成功者という存在は「提供する」という面においての一番の勝利者になった訳だ。

つまりこれは、サディスト的な一面を研鑽し、世の中に知らしめたからこそ成功したのである。

故に、成功者はサディストなのである。

だがしかし、成功者はサディストであるだけでなく、マゾヒストでなくてはならない。

なぜなら、知識の吸収、現場での経験、そして事業が傾いた時の精神の維持。

そんな地道で長期的に苦痛に溢れて時間を、笑顔で耐え忍ばなければいけないのだから。
いや「耐え忍ぶ」という表現を使用する時点で成功からは離れてしまうだろう。
「耐え忍ぶ」のではなく、
「喜んで受容する」のが正しい。

攻めも受けも愛させる人間が成功する

提供も受容も愛させる人。
インプットもアウトプットも楽しんでできる人。
そういう人があらゆる事に長けているのは当然の事である。
食べ物の好き嫌いがない人間の方が、あらゆる料理の味を知っているのは当然の事である。

だから、苦難があったらそこに喜びを見出す努力も成功に繋がるかもしれない。
他者に何かを提供する時は、他者に愛を提供できると考えて行動をすれば成功に繋がるかもしれない。

JPOPの売れ線な曲の歌詞ではないが、苦難も困難も人生のスパイスなのである。
というか、苦難も困難もスパイスに料理できる人が成功するのである。
要はポジティブに解釈できる人は強い、のである。

アドセンス
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スマリッジ
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