もしかして、「虚言癖のかまってちゃん」ってブログで成功する能力があるんじゃないかな。

義務感から無意識に逃げる時の行動

そんな気がふとしている。
なんか掃除している時に思った。
どんだけ掃除から逃げたいのだろうか?と今になって思う。

ほら、勉強しなくちゃ!って思うと掃除をつい始めてしまうようなそれで、掃除したくない!という無意識の渇望がブログのネタ発案へと姿形を変えたのではないだろうか。

そんな流れでどうしてこんなテーマを思いつくのかはさっぱり不明だが、まぁでもこの閃きはそんなに間違っていない気もする。

ちょっと前の記事で、ブログで成功するためには人生経験が極端でなくてはいけない、と書いた気がする。
これな、極端じゃなくて過剰か。
まぁ大体合ってるからいいや。
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虚言癖ってファンタジー

で、大半の人間は過剰な人生経験なんて持ち合わせていないから、能力面で特化して自分の価値を引き上げるしかない、という結論を出してような、なんかそんな雰囲気で終わったと思う。

でだ、今回のテーマである「虚言癖のかまってちゃん」ってのはその名の通り嘘を付くことができる訳だ。

嘘っては現実には事実として存在していない事柄を、さも本当にあったことのように話す事だ。
つまりはこのスキルによって、ブログでの成功条件である「過剰な人生経験」をカバーできる。

案外このスキルを持っていた方が、リアルで体験した事柄よりも新鮮味があって遥かに大きな人気が出るかもしれない。

かまってちゃんには営業広告プロデュースの才能があるかも

次の要素、「かまってちゃん」。

これは社会生活人間関係友人関係家庭環境。
三次元にて生活する人間からすれば大半の人間が迷惑して他の誰かに「構う役」を押し付ける方法を模索する。

だがこれがブログ的芸能界的な場に移り変わるとその様相は一変する。

誰もが話題のネタとしてかまってちゃんに興味を抱き動向を探り、挙句の果てには思考や挙動や行動を真似て、有名人と自分を重ね合わせる事に快感を覚える。
ただ場が違うだけで、有名なだけで、世間の人間の見る目というのはまるで違ったものになる。

対象を観察する距離や場所ってのは重要なんだろうな。

動物園で柵をまたいで象を見る分には平和で楽しいだろうが、至近距離で二人の間を遮りものは何もない状態だったら、刀だろうがピストルだろうが持ちうる武力の全てを行使して自らを守る方向へと全力疾走するだろう。

要するに、その場その状況によって価値は上下するって話し

「虚言癖のかまってちゃん」ってのは、凡人の皆が喜ぶような特異な体験を文章にして綴ってくれるだろうし、本人がかまってちゃんであるから、周囲の人間の興味が湧くようなテーマとキャラクターになるだろう。

つっても「虚言癖のかまってちゃん」だって、通常の凡人には到底到達できないような人格であるから、その辺はやっぱり運次第なのだろう。

前回の記事でも繰り返したように、凡人は己の凡人性と向き合い、それを最大限活用するのが良いのではないだろうか?という話になる。

適材適所って言葉から「自分は適材にならなくては!」と熱望する人間はいないはずだ。

「自分ってどんな材料なの?」という疑問に対する解明と、「その材料ならばどんな所に適するのか?」というさらなる疑問に対して探求を進めるのが自然な流れではないだろうか?

アドセンス
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スマリッジ
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