お金は循環させるもの【農業に学ぶお金との付き合い方】

種を食べて生きる生活が豊かな訳がない

貯金のみでお金持ちになろうとすることは、植物の種を食べて生活するようなものだ。

種を植えて、成果物を収穫する事によって生計を立てる人間が裕福になれる。

種を必死にかき集めて、それをそのまま食べて細々と生活して豊かにならないのは当然の事だ。

自分の種を何処かに植えて、育てて、収穫するからこそ豊かに生活できるのである。

農作物の事ならば当然事を、お金の事になると当たり前にできていない。

例えば、「株が儲かるよ!」という話を知人から聞くとする。

そんな時、多くの人はこう思う。

「確かに株をやれば何もしなくても儲かる事もあるけれど、その代わり自分の出したお金がゼロになってしまうケースだってあるからなぁ」

何を言っているのだ、という話だ。

今の農業事情は詳しく知らないけれど、昔の農業ならば普通にある話である。

  • 台風が到来して作物が全滅。
  • 土壌が枯れてしまって、全く収穫できない。
  • そもそも土地が奪われてしまった。

ざらにあることである。

昔の人はそれを当たり前に自覚していて生活を送っていた。

別に株をやれ!という話をしている訳ではない。

ただ、何の勉強も挑戦もリスクもなしに大きな収穫を期待するのはお門違いだという事だ。

リスクを取らないリスク

無論、昔の農民は大きな利益を得たいから台風などのリスクを受け入れて農業をやっていた訳ではない。

そうせざるを得ない状況だからそうしただけである。

今は豊かな時代であるから、そんなリスクを犯さなくても十分な生活を送るような環境になっている。

そんな安全な時代であるからこそ、「リスクを取る」という選択肢が頭の中に浮かびにくくなっている。

これは何も悪いと批判している訳ではない。

「死ぬという恐怖」と「豊かな生活という希望」を天秤にかけた時に、大半は生命の安全を取るのだから。

しかしだ。

だからといって、やはり「持っている種を食そのまま食べて生活して豊かになろう!」なんて発想は少しズレている。

豊かになるためには、「種を植え、育て、収穫する」というプロセスは絶対に必要である。

それに対する試行錯誤を行うからこそ、良い収穫物が得られるのではないだろうか?

農業に学ぶお金儲け

農業を例にお金儲けを考える。

植える

どこに植えるのか?

どれくらい植えるのか?

植えるのにどれだけの金額が必要なのか?

育てる

どうやって育てるのか?

いつまで育てるのか?

育てるのにどれだけの金額と労力が必要なのか?

収穫

どんな状態になったら収穫するのか?

どれくらいの収穫を見込んでいるのか?

収穫物がどれくらいの金額で売れる見込みなのか?

農業でも同じ事だが、収穫しただけでは終わりではない。

収穫した物を、誰かに買ってもらってようやく収入になるのである。

販売

誰に売るのか?いくらで売るのか?どれだけの利益が出るのか?

という事まで必要になってくる。

いきなりこんな事を全て行う事は大変だろうが、そうするからこそお金は儲かり豊かに生活できるのである。

ただ、種を貯めでその種を細々と食べるよりかは、こういった観点を持って種を有効活用した方が、精神的にも豊かに生活できるのではないだろうか。

アドセンス
改行

スマリッジ
改行

toppage