自分自身に夢や希望がなくって「生きる意味を見出だせない」場合の生き方、解決の方法

衣食住に満足すれば生きる意味は消失しても不思議じゃない

生きている事がつまらない。どうして生きているのかわからない。そんな自分はダメな人間だ。

そんな風に考えてしまう人はたくさんいるけれど、別にそんなネガティブになる必要は全くない。

人間は飯が食えて、寝る場所があれば、それで基本的に満足する生き物なのだ。

夢だとか希望なんてものは最近発明された、健全なイメージを持ったお金儲けのためのツールなので、それが自分に適合しなかったからと言って、落ち込む必要はない。

それでも、自分は飯と睡眠だけじゃ満足できない、だからと言っても、やりたいことが見つからない!どうにかしろ!

という人も結構な数で存在することは知っている。

そんな人間は自分の不満、欲望とは真逆にただ飯を食って寝るだけのために人生を歩いてしまわなくてはならなくなる。

とはいえ、どんなに本を読んでも、インターネットを泳いでも、カウンセラーに頼んでも、自分の夢や希望が見つからない。

きっとそんな事もあるだろう。

その理由としては大体の人間が自分の世間体を守るために上辺だけの綺麗事を吐くか、金儲けのための誘導工作しかしないからである。

たまに本当にその人の事を想って色々と対策を考えてくれる人もいるけれど、これも往々にして無駄に終わる。なぜなら、そんな人は性善説の人が多いので、夢と希望が絶対に見つからない人間なんていない!

たまたまチャンスに恵まれなかっただけ!という前提から逃れられないからである。

「自分の夢」がない事は悪い事だと思い込まされている人がいる

私はそんな事はないと思っている。世の中には本当にどうしようもない人はいるのである。

自分が当たり前にできる事を他の人は本当に当たり前にできなくて、嫌な気分になっていたり、社会から追い出されていたりするのである。

この考えから言いたい事、

それはつまり「どう頑張っても自分の夢・希望が見つからない人は存在する」という事である。実際に私が体験したことも実証したこともないけれど、そんな現象は普通にあると私は思う。

ただ、性善説の人や、自分の体面を守りたい人、お金を儲けたい人からすると、それは気に食わない都合の悪い事なので、なんとしてでもその思想を排除しようとしているのだ。

そして、残念ながら世の中は上記の3パターンの人間が大半であるし、幅を利かせている。

だから自分の夢や希望が見つからない人は、その自分をダメな自分だと思い込んでしまうのだ。

繰り返す、別に何も悪い事はない。それは単なるタイプの違いである。

足が速いとか、頭が良いとか、そんなタイプの中に「夢や希望がない」という特性が存在するだけだ。

「自分の夢がない人」の楽しい生き方

で、具体的に夢や希望がない人はどうやって、生きていけば今より人生を楽しむ事ができるのか、という話である。

私の意見としては、「他人の夢や希望に便乗する」という方法を取ればいいと思っている。

要するに、補佐である、助太刀である、助手である。主役としての才覚が自分にないのであれば、その補佐に全力をかければ良い。

全ての人間が主役になるのではない。どんな主役にも名補佐がいる。

主役ばかりがクローズアップされるから、主役でなくてはダメみたいな考えがあるけれど、成功する主役の周囲には絶対に名脇役、名補佐がいる。

漫画なんかを読んでもそうだろう。

そして、その名補佐や名脇役が主役の仲間になる理由は、「主役の夢を叶える」ためだったりする。

当然、そのついでに自分の夢を副次的に所有しても良い。

ワンピースなんかが一番良い例だろう。

別に仲間になって海賊王になるための手助けをしなくても、もっと他に効率的に「世界一の剣豪になる」、「オールブルーを見つける」、「世界中の海図を書く」方法はある。

それでも、主役の夢や希望を叶える事に強い魅力を感じているから、皆ついていくのである。

綺麗な言い方をすれば「他人の夢のために生きる」という事である。

そんな生き方は全然オッケーである。

昔からそんな人間はいくらでもいたし、今の時代ならば尚更に多種多様な生き方が可能であるから問題はないのだ。

自分がダメだと思っている特性はただ特性なのである。そこに普遍的な良い悪いは存在しない。

環境に適合しているか、していないかという問題である。

夢なんかなくてもいい。それから自分の人生が楽しくなることだってある。

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