理屈抜きで自分自身を肯定したい場合は「精神論と根性論」を活用しよう!

できると思うから、できるのだ!

できないこと。それが本当にできないのかどうかは案外微妙だったりする。

単純にその人がやりたくないから、できないと嘘をついているケースもあるし、本当はできるのに、できないと自分の脳みその中で思い込んでいるからできない、なんてこともある。

本当にできるのか、できないのか?

その回答はやはり「実際にやってみて、できるかどうか」それ以外の行動では得ることはできないだろう。

気持ちで負けて挑戦できない人がいる

ただ、困ったことに、自分にはできないと思い込んでいる人間にとっては、そもそも挑戦しようという意欲も存在しない。

また、かろうじて挑戦してみる意欲はあったとしても、「どうせ自分にはできないだろう」という気持ちで物事に取り組むのであれば、成功率は格段に低下する。

よって失敗する。だから結論としては、「やっぱり私にはできないんだ」となってしまう。

私はあんまり精神論とか根性論は好きではない。

多用すると、肉体精神ともに後で取り返しのつかない程度のガタが来てしまうし、過剰な根性論は組織をブラック化させてしまうと思う。

だが、心から叶えたいと思うこと。または成功率が低いことは想定できるが、どうしても挑戦しなくてはならない事。

そんな時に関しては、どんなに筋道が通っていなくても「自分は絶対にできるのだ!」という強い信念が重要になってくるのではないだろうか?

理屈だけを頼る人も精神論だけを信奉する人も、どっちもバカ

精神論だけで生きる人間は馬鹿だが、机上の理論だけで、無感情に生きるだけの人間もまた馬鹿なのだろう。

実力が拮抗した時、ここ一番の重要な時、最後の力を振り絞る時。そんな時に自分なら絶対にできると強く信じることは必ず勝負に影響する。

「どうせ私にはできない」なんていつもボヤいている人間に勝利は来ないだろう。また、そんな人間を応援する人なんかも少ないだろう。

応援される人は成長しやすいし、応援されやすい人というのは、実際の実力もあるが、

心から勝ちたいと願い努力する人なのだろう。できないと考えるとできない理由が浮かぶ。

できると信じると、できる理由が浮かぶ。

人間というのは自分勝手な生き物で、自分にとって都合の良い情報を無理矢理にでも創りだす。

物事の始まりは、勝利の始まりは、「自分にならできる」と思い込むことなのではないだろうか。

そんな時くらい根拠がなくてもいいんじゃないだろうか。でっち上げの嘘理論でもいいのではないだろうか。

時には思いっ切り自分を馬鹿にしてみることも大切なのかもしれない。考えこんでいたら、行動できなくなる、ネガティブになる。

何も考えなければ、気軽に行動できる。

アドセンス
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