お金と時間さえあれば幸福になれると思っている私へ

探し物はなんですか?

働きたくないという言動をする人間というのはこの世に山程いる。私もその中の一人である。

じゃあ、その働きたくない人達というのは現状、働いている時間は楽しいとは思っていないのだろう。ならば、その人達が働くことから開放された時、圧倒的な幸福が訪れるのだろうか?そんなことを考えてしまう。

一億円が急に目の前に出現して、「それ、自由に使っていいから」なんて言われたら、きっと大喜びで飛んだり跳ねたりすることだろう。

私だったら、お札の中で泳ぎながらビブラートを効かせた裏声を響かせるだろう。いつもの自分ならば絶対にしないような行動に出るだろう。

大金を与えることがこそがその人の本性を知るにおいては一番わかりやすい手段なのではないだろうか。

まぁ、お金の価値という事はそういうことだろう。そのくらいの威力があるのだ、一億円には。

で、その一億円を手に入れて、もう仕事なんてする必要はなくなったから、ずっと嫌いだった上司に向かって丁寧に作成した100枚の辞表をダンボール箱かなんかで送りつけてやって、仕事を辞めるだろう。

おまけにその100枚の辞表の中の一枚くらいには、その上司の悪口を羅列したものを入れておくだろう。一億円もあるのに、そんなケチ臭いことしかしないとは、なんて小心者なんだろうと我ながら関心する。

自由を手に入れた瞬間、人は何をするのか

問題はその先だと思っている。その先にも確かに自分の今までにやりたいと思っていたこと、時間とお金が許せば実行可能な事を実践に移していくだろう。

そんなものは人によって様々だろうが、大概の場合は決まっているのではないだろうか。働きたくない、そしてお金を手に入れた瞬間に仕事を辞めるような輩である。

確実に言えることは仕事とは全く異なる行動に出るということだ。仕事の延長線上の生活で良いならば、退職なんてしない。

自分が本来望む生活は仕事の中に存在しなかったからこそ、仕事を即座にやめたのである。つまりは、その人は仕事から得られる人生というのは、プラスではなくマイナスであったということだ。

「でも、架空の話だとはいえ、一億円を手に入れて自由を手に入れたんだから、その人のこの先の人生はバラ色以外の何者でもないよね?」と思われる方。

いるのだろうか?本当にいるのだろうか?いるかな?たぶん、少数かもしれないがいるのだろう。

お金と時間さえあれば、人生これから先ずっと幸福になると考えている人は。というか、ちょっと前の私がそう考えていた。

最近の私は「金さえあればいいんだ」というくだらない言葉を心の中で延々と繰り返している。

情けない限りであり、正直嫌気がさしている。

不幸を消滅させる事ばかり考えている私は、幸福を作成することについて考慮が足りない

でだ、今日の私はそんな自分が本当にイヤになって、お金さえあれば本当に幸せになれるのかどうか、ということに疑問を感じてこの記事を書いている。

結論から言うならば、お金と時間さえあれば人生ずっと幸福なんてことはありえないのだと思う。深い根拠はない。

ただ、毎日仕事行きたくないな、辞めたいな、という思考が頭の中を占拠しているような人間が、仕事から自由になったところで幸せになる。そんなこと、ないよね?

だって、世の中に「不幸」と「幸福」があるのであれば、現段階では「不幸」がなくなっただけだよね?

「幸福」を手に入れた訳ではないんだよね?そして、不幸から逃れたいという思考回路しか持ち合わせていない人間は、自分が思う絶対的な幸福というもの持っていないんだよね?

そんな人間が不幸から離れたところで幸福になる理屈なんてないと思う。

もしかしたら、また新しい不幸を捕まえてきてしまうかもしれない。

最終的に何が言いたいのか?

どんな状況で生活をしていようとも、自分の心の中に「これこそは!」と思うような幸せを秘めている人がずっと幸福でいられるんじゃないかな?ということである。

お金と時間は勿論大切だが、それ以上に大切なのは何がやりたくて生きているのか、だと思う。

さぁ、私は何がしたいのだろう?

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