挑戦できない原因は、迷い過剰と体力衰弱にある!

バカの考え、休むに似たり

とりあえず、やってみよう。なんていう気分になるためには何が必要か?そんなもの元気に決まっている。

元気があれば、なんでもできるのである。

そんなこともわからずに、「自分は何にも行動できないダメ人間なんじゃないか?」なんてことを平気で思考する人があいも変わらず存在する。

心というもの一つで人間の行動というのは操作できるものではない。
心の働きは方向性を定めるということが大きな働きなのである。

どこへ向かったら良いのか、どれにどれだけ労力を使おうか。

そういうことが心の専門分野なのである。
だから心の働きだけで物事を成就しようとしてはならない。

当然ながら、意思があってもそれを実現する身体が伴わなければ話にならない。

本当に不思議な話なのだが、それを理解している人は非常に少ないのである。

どうして若い人が元気かって言うと、体が健康だから

若い人が挑戦挑戦と気が狂ったように叫び続けているのは、元気が有り余っているからだし、あの世には持っていけない事を承知の上で年寄りが貯金に精を出すのは、もう働くだけの身体が老人に備わっていないからである。

だから、自分がなりたい理想像みたいなものがあるのだとするならば、まずは身体を整えることから始めるといい。

元気があれば何でもできるのである。至極名言である。

挑戦するだけの度胸がないと嘆いている暇があったら、さっさと腕立て伏せでも始めたらいいのだ。脳みそばっかり使っていると、身体を使って何かをするということが疎かになってしまいがちである。

そういう時はいっそバカになったほうが物事は上手くいくのである。悩むくらいなら、バカになったほうがマシということである。

つまらないことで悩むということが人間の知的能力を飛躍的に向上させるということはないし、部屋の隅っこで一人体育座りをしていたところで、筋肉がムキムキになることもない。

とりあえず、実際に行動すれば少なくても筋肉は刺激され強くなるし、仮に失敗しても、人生経験を積むことができるという意味で非常にメリットがある。

迷ってエネルギーを消耗するくらいならば、実際に行動した方が効果的

あと余談だけど、やるべきか、やらないべきか、ということで悩んでいる人がいるがそれに対する結論は簡単だと私は考えている。

やってしまえ!これが極々簡単な解決策である。なぜそれが良いのか?

やってしまうと後悔する可能性はあるが、悩むという行動からは絶対に解き放たれることになる。それが重要なのだ。

後悔は方向性が一つだが、悩みは複数方向に思考が分散してしまう。

様々なことをあれこれ思考する。
これが人間の脳みそを疲弊させてしまう要因になるのである。

当然、勉強などでそういったことをすることには十分な意義があるが、本当にどうでもいいつまらないことに対してそういうことをするのは無駄の極みである。

一ヶ月必死こいて働いて得たお金を切り刻んでトイレに流すような愚行である。だが、後悔にはそれがない。

後悔は確かに人を苦しませることではあるが、その害というのは転んでひざすりむくようなものである。時間が経てば解決するものである。

しかし、悩みはやってしまうか、その悩みの元が消滅しないと終ることはない。
つまりは非常に長期間苦しむ可能性が高いということである。

だから、迷った時はやったほうがいいのである。

体力的ミニマリストになって、やりたい事にエネルギーを集中させる

ものすごく話の方向性がズレた。まぁでも関係する部分はある。要は元気があれば人間なんでもできるのである。

だが、急激に自分の体力を増加させることというのは難しい。体づくりは日々の継続的な努力によって形成させるものである。

ならば、無駄に体力を消耗させない方向性で物事を考えれば良いである。
そうすれば、変化は劇的である。

今までやっていたことを辞めるだけなのだから。
重い荷物を捨てれば、より遠くまで歩けるのは至極当然の話である。

だから、自分もこれから新しい何かに挑戦したいと思うのならば、辞めましょう。

悩むことを辞めましょう。それだけで人生激変します。

アドセンス
改行

スマリッジ
改行

toppage