勉強を簡略化する、やりやすくすると、勉強が好きなるっていう当然の話。

簡略化せよ!

やりにくいなら、やりやすくすればいい。勉強が嫌いという人は、勉強そのものが嫌いではなく、勉強するためのアレコレが嫌いだったりするパターンも多い。

勉強するのは嫌いでもゲームをするのは大好きという子供はいくらでもいる。

ならば、その違いは何だろうか?と疑問を呈することによって、勉強を楽しく行うという糸口が見えてくるのではないだろうか。

勉強の嫌な所あるある

ということで、勉強の勉強そのものではなく、勉強するためのアレコレで嫌な部分というのを考えてみた。

勉強の嫌な所:一点目

勉強のため本を読む際には、机の方向、つまりは下を向いて行わなければいけない。
つまりは首に負担を掛ける辛い姿勢で勉強をしなくてはならない。
体が辛いのであれば、勉強も辛くなるのは当然である。

勉強の嫌な所:二点目

手が疲れる。
その人次第で利き手があるのは勿論だが、両利きであり、疲れに応じて使う手をシフトさせることができる猛者は中々いないだろう。
つまりはひたすら勉強するということは片方の手を極端に疲れさせてしまう。
手が辛いのであれば、勉強も辛くなるのは当然である。

勉強の嫌な所:三点目

勉強のための本が読みづらい。
文字が小さかったり、問題と解答を突き合わせるために、あっちのページに行ったり、元のページに戻ったりして面倒である。
つまり勉強するために本を移動することは面倒により精神を疲弊させてしまう。
精神を疲弊させるのであれば、勉強によって疲弊してしまうのは当然である。

思いつくままに三点を挙げてみた。
大して考えないでもこれだけ簡単に勉強の辛い所というのは挙げることができた。
それも勉強そのものについてではない、勉強をするに伴う行動についてだけを述べたものである。
それだけで簡単に三点も悪いところが見つかるくらい辛いものなのである。

ゲームの好きな所あるある

さて、次は勉強に対して子供が好きなゲームを引き合いに出して考えてみよう。

ゲームをするに伴い、楽なところ。

ゲームの楽な所:一点目

姿勢が楽。
ゲームをする際はテレビのモニターを見れば良いので、首や体を無理な姿勢で固定することはない。
自分の楽な姿勢、快適な姿勢で取り組むことができる。
姿勢が楽ならば、ゲームも楽にできる。故に楽しい。

ゲームの楽な所:二点目

手が楽。
基本的なゲームというものは、コントローラーが付属されており、それを使用してゲームをプレイする。
そしてこれも基本的な要素だが、そのコントローラーは両手を使用して操作するものである。
多少の偏りはあるが、微々たる差である。どちらかの手が一方的に疲労するなんてことはない。だから、手は楽である。
手が楽ならば、ゲームも楽にできる。故に楽しい。

ゲームの楽な所:三点目

ゲームは見やすい。仮に見にくくても対処することができる。
ゲームのプレイする時の画面の大きさは、テレビモニターの大きさに比例する。
だから、ゲームをプレイする時に字が読みづらいと感じたらテレビの大きさを変えればそれで済むのである。
本の場合はそうはいかない。紙の本を引き延ばすのは個人には非常に困難を伴うだろうし、非常に高コストである。
ゲームは見ること自体も楽にできる。
見るのが楽ならば、ゲームも楽にできる。故に楽しい。

以上三点を勉強と対応するように述べてみた。

ゲームをやるみたいに勉強する

まだ、勉強そのものについての魅力については触れていない。まだ、ゲームそのものについての魅力についても触れていない。

なのに、結果は明白である。圧倒的にゲームの方が行うに当たって楽なのである。快適なのである。

そりゃ当然、子供はゲームをやるだろうね。当たり前だね。ということである。

でも世の中を生きるにおいては勉強を避けて通れない場面もある。
そんな時どうすれば良いのか?

答えは明白である。ゲームに似せて勉強をすればいいのである。

誰にでもできる対応策は。本を電子化して、パソコンで勉強するという策である。

そうすれば、以上の勉強の三つの欠点は長所へと変化する。

案外そんなもので物事の効率は変わる。今は非常に良い時代なのである。楽で効率的な方法がいくらでも転がっているのだから。

あとは既存の方法に固執しないで新しい良い方法に飛び込めるかどうか。ということだけである。

人間というのは、ある特定の人間を除けば皆能力には大差がないのである。だったら、その勝ち負けを左右するのはやり方、方法である。

以下に勉強の効率化に役立つアイテムを示しておく。使い方によっては強力な武器になることだろう。

アドセンス
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スマリッジ
改行

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