「損得勘定をする人を自己中心的だと批判する人」は他人の価値観を理解する努力をしたほうがいいと思う。

「自分にとって利益になるかどうか? 」を考えるのは普通のこと

損得勘定という言葉は何なのだろうか?大体の場合、これは侮辱に用いられる。

「あの人は損得勘定をよくする人だから」みたいな感じて、自分の利益しか見ていないような言われ方をされてしまうケースである。

私には訳がわからない。損得勘定をしない人間なんているのだろうか。

そんな人間はいない。いたらそいつは本当のバカである。
褒め言葉的なバカではなく、真のバカである。

「このやろう、採算度外視でオレのことなんか助けに来ちまってよぅ、お前って奴は本当に本当のバカだぜ!」
とかいう類のバカでもない。単純なるおつむの悪いバカである。

だから、私は損得勘定という言葉を使って、相手をせこい奴だとか、自己中心的な人みたいな批判をする人は理解できない。

何を言ってるんだろう?この人は。という感じである。

人それぞれの価値観

損得勘定をしているのは皆同じである。

その上で、相手がせこい人間だと思ったのならば、それは互いに価値観が違う、というだけの話である。

価値観が違うから、自分が大切だと思うことを相手はどうでもいいと思うし、自分がおざなりにしている事を相手は懸命に守ろうとするのである。

なのに、自分の大切だと思っていることは他人も大切だと勘違いしているから、「あの人は損得勘定ばっかりするからねぇ、本当に自分の事ばっかり考えて嫌な人ねぇ」なんていう批判が飛び出してしまうのだ。

いい加減にしてもらいたいものである。自分の価値観がこの世の全てだと思っているその人の方が自己中心的なのである。自分の価値観と他人の価値観が違うということを本当にわからない人というものがいるのである。

しかも、そういう人に限って自分は損得勘定なんてしない!と思い込んでいる。
とんだ嘘つきヤロウである。

その人が大切にしている事を知ることがコミュニケーション

相手が本当に大切にしている事を知ることがコミュニケーションの基礎ではないのかと私は思う。

それを知らずして、自分の大切な事だけを言いふらして、それが此の世の正義だと信じて、それを知らない人はバカだと断言する。

そんな人はきっと誰ともコミュニケーションを円滑にとることはできないでしょう。だって、厳密にいえば自分と同じ価値観を持っている人というのは世界に一人もいないのだから。

似ているように見えても、細部までよくよく観察してみると微妙に違い、それが決定的な違いをもたらすことなんてよくある話である。そしてその違いが楽しかったりするのである。

損得をよく考える

だから、損得勘定というのはもっと積極的に行うべきであると思うし、他者にももっと行ってもらい、その考えを聞かせてもらうべきである。

それを通して、自分が心から大切だと感じていることを知ることができるし、他人の本音を垣間見ることができる。

案外、自分が本当に大切に思っていることを知らない人が多い。
案外、自分が思っていた他人というのは、全くの勘違いであることが多い。

だからこそ、自分にとって何が得で何が損なのか、それを知ることは非常に良いきっかけとなるはずである。

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