義務感で努力するという無意識の罠にはまっていませんか?

義務感と成果

にも関わらず、結果が出ない。これだけ頑張ったのに上手くいかなかった。

結果に納得いかない。そう思うことは多々ある。

自分が掛けた労力に対して、十分な見返りが得られないことなど、世の中の仕組みからすれば当たり前である。

そもそも、ちょっとした労力を掛けるだけで億万長者になれるような人がいるのだから、もの凄い、尋常じゃない努力をしたところで、何の成果もでない人だっているのだろう。

パターン的に考えれば自明の理である。

  • 努力して成功した。
  • 努力して、失敗した。
  • 努力しないで、成功した。
  • 努力しないで、失敗した。

努力と成功の関連としては上記の通り4パターンしかない。

そして成功そのものを自分で自由にコントロールできる人は数少ない存在である。

自分がコントロールできる範囲というのは、努力のみである。だから、努力しよう。

努力と失敗

なんて結論で締めくくるために私はこの記事を書いている訳ではない。

努力をしたところで結果は変わるのだろうか?という疑問である。

無論、努力をしてきた成功者に話を聞けば、私が成功した要因は努力である的な主張は行われるだろうと予測する。しかしだ、この世の成功者の影でどれだけの努力の果てに失敗を掴んだ人がいるのか、ということを世の中の大半の人は認識していないのだと思う。

失敗者はメディアに露出されることは少ないし、扱いも成功者よりぞんざいである。だからこそ、努力をすれば成功するという固定された考えが多くの人に根付いているのではないかと思う。

4パターンの中で確実に言えることは、4パターンの中で成功するパターンは2パターンである。つまりは2分の1である。では、努力をする人からすると、4パターンの中の努力しないというパターンは排除されるのであるから、成功するパターンは2パターンの中の1パターンである。

つまりは2分の1である。極論である。大切な要素をいくつも排除した上でのバカバカしいデータである。

しかしながら、パターンの上記のパターンだけで考えるのならば、努力をしたところで成功する確率は上がらずに2分の1である。

成功の確率

そして、我々は「努力して成功する確率」と「努力しないで成功する確率」を知らないはずであるから、その二つの対比をすることができない。

勿論、メディアは努力して成功するパターンを持ち上げて賛美するに決まっている。メディアの大半は人々に何かを行わせる、購入させることにより金銭を得るものだからだ。努力したからといって成功するとは限らない。努力した人が失敗しているケースだってある。

メディアは努力を賛美して金銭を得る。また、努力しない人が成功することだってある。

もし、努力して苦しんで、大切な時間を失って、メディアに都合の良いように利用されて、挙句の果てに失敗して、努力しないで成功した人を傍目に人生を過ごす。

みたいな状況に陥ってしまったら、きっと苦しく、悲しい気持ちになるだろう。

努力と意味

その可能性に薄々と感づいている人は、「この努力に何の意味があるのだろう」と度々考えることだろう。

だから、そのリスクを避けるために、努力はするべきではない。

という結論。

努力と義務

であるのだが、少し誤解を生む表現になってしまった。

努力はしてもいいけれど、するべきことではないということである。努力は権利であって、義務ではないということである。色んな人に会うと、努力をする事は人として当然行うべきことであり、それをしない人はクズである。みたいな考えの人と遭遇することがある。

そして、そういう人は向上意欲は高いのだが、努力しない人を平気で見下すし、理想論を声高々に語るし、自分を高潔な人間だと思っている。

それでいて、失敗して、挫折すると、尋常ではない程にしおれて、くたびれて、努力することも忘れてしまうこともある。

義務感に追われて、努力そのものに意味を見出すことができなかったからこうなってしまったのではないかと。

努力と楽しさ

つまりは努力の楽しさを知らなかったのだろうと思う。成功しなくてはいけない、努力しなくてはいけないという義務感ではきっと好きな事でも楽しくはないだろう。

しかし、自分が楽しいと思う努力を重ねて、小さくてもいいから自分でも達成可能な成功を積み重ねていく。という生き方であるのならば、きっと楽しいだろう。

勿論、努力しても成功しないことはある、それは揺るがない事実である。しかし、努力自体を楽しむことができるのであれば、その人はもうすでに幸せであることも事実である。

大きな成功を目指すためには、苦しい努力もあるだろう。しかしその根底にあるのは、努力が楽しい、もしくは努力をしたい、という考えであるのならば、義務感で行う努力よりは格段に効率が上昇するだろうし、幸福である。

今一度、自分の努力が何のための努力なのか、ということを再考することにより、自分が無駄に背負っていた重荷に気付くことができるかもしれない。

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