無知の知が何に役立つのかを知らない

無知の知の効果

要するに無知の知である。

自分が無知であることを知っているかどうかということが大切であることは多くの人が知っていることではあるだろうが、無知の知を知ることの何が大切であるかを知らない人は多いだろうし、無知の知を知らない危険性もきっと知っている人は少ないだろう。

私も知らない、無知の知という言葉を使うと知的に見えるのは知っているが、別にその概念を学んだからといって、どうなるものだろうか?と思う。

だから、無知の知の何が大切であるかは考えない。

無知の知を使うにあたってのメリットとデメリットを考えてみる。

無知の知のメリット

【メリット】無知の知を知っていると、成長意欲が高まる。
多分、無知の知を提唱した人はこれだったんじゃないかと思う。
誰だったか忘れたが、各所の知識人を論破しまくって、無力感を与えた仕返しに刑を受けて、亡くなってしまった人である。ソクラテスでした。

この人がどういう意図で各所の知識人を論破して回ったのかまでは知らない。
ただ、ソクラテスがやったことというのは、自分が知らないことがあるという事実を突き付けたのであって、ポジティブに考えるのならば成長意欲を高めることになる。

まぁ、しかし年齢も地位も能力もある人のプライドをズタズタにすることが結構リスキーであると思うのだが、現代社会でもそういう人がたくさんいるのだから。
世界がネットワークで繋がっていなかった時代なんてもっていただろうに、、、
やはり頭の良い人はやることが少し違うのだろう。

なんであれ、まだ私には知らないことがあるというのは、未来を感じさせる事実でもあるということだ。若い人で人生に退屈を感じている人にならば効果的なのだろう。

無知の知のデメリット

【デメリット】自分の無力感、人間一人の限界を理解してしまう。
どんなに毎日を効率的にたくさんの努力をして過ごしてきた天才でも、知らないことは知らないし、全てを知ることは不可能なんだ。ということを突き付けてしまうことになる。
そういった事実は、同時に人の努力の儚さを想起させる結果となる。
道を極めた人に対して無知の知は、絶望に陥れるための武器になってしまう。

狭い世間の中で、地位で名声と能力に対する自信を持って人生を終了させることができるのならば、それは非常に幸せなことであるのだ。

その幸せな現実をひっくり返して取り上げることは場合によっては残酷である。

以上が、無知の知のメリットとデメリットである。

無知の知の使い方

ここから考えだせる無知の知に対する見解は、
無知の知の話をする相手はちゃんと考えよう。
ということである。

少なくとも、自分より目上、年上の人間に対して使うには危険だと思う。
無知の知の話をするということは、
「お前にはまだまだできないことがあるんだよ」と教えてあげている行為と非常に近しい。
よって厚かましい行為として取られる可能性は高い。

使い相手は、友達か目下の人に対しての方が無難であろう。

自分の知識をひけらかすという行為だけでも厚かましいのに、
他人の知識の乏しさを批判するという行為まで同時に行うのは恥と失礼の極みである。

教えてあげる、相手の欠点を指摘する。この二点はどんなに行為があろうと、相手から求められない限り、常に危険性をはらむ言葉である。

ソクラテスは頭は良かったのだろうが、コミュニケーション能力的にはどうなんだろう?と思わざるを得ない。

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