「俺つえー」から始める、理想像の確立

俺つえーとは

「俺つえー」とは、自分の能力が他者、もしくは無生物に対して圧倒的に優れていて、その能力差を見せつけて、自己陶酔感、優越感を味わうということである。ネットスラングである。

この「俺つえー」状態は、自分に慢心を生じさせてしまい、性格の醜悪化、能力の低下、停滞という現象に繋がりやすいため、又、他者から見ると、高圧的、無礼、傲慢という印象を受けるので、あまり好まれる類の性質を催すものではない。

そして、この状態が長期化すると、大概の場合は周囲の人間から嫌われる結果となってしまう。
周囲の人間の主張は「もっと謙虚になれ」ということが主である。

さて、この「俺つえー」状態だが、この状態は使い所、表現方法さえわきまえることができれば、非常に良い方向に働きかけることが可能となる。

理想を実践し続けること

なぜそう言えるのか、それは「俺つえー状態とは、自己の理想像を部分的に体現している状態」だからである。
言ってみれば、自分がヒーローになった気分でいられるという訳なのだ。

有名な映画では頻繁に登場する場面かもしれないが、一般的な若者が何かをきっかけに強大な能力を手に入れた時、自分の思うがまま、好き勝手に、わがままに振る舞うという行動がよく見られる。
全能感というやつに支配されているということなのだろう。

これが一般的にいわれる「俺つえー」状態だと認識している。

現実の世界だと、この状態が継続すると、他者から嫌われるという結果が待っている。

しかし、映画だと、悪者とかが出てきて、それを機に主人公が善行に走るという結果に繋がる。

現実的にマンガ的展開が来るのは考えにくい

両者の違いは何なのだろうか、「ヒーロー像を育てられる環境の差異」だと私は考える。

映画はやはり視聴者の興味、また上映時間などを考慮しなくてはならないので、そういう自分の中にある理想像というが急速に成長、完成してしまうのだ。

だが、現実ではそうすぐには成長しない、だから成長しきる前に周囲の人間達にそのヒーロー像を壊されてしまう。
(勿論、周囲の人間が悪いと言っているのではない、単純にそういう現象になっているという話だ)

高揚感をこっそり育てる

ではどうすれば良いのか、「俺つえー」状態になった際は、それは非常に良い機会である、その認識をした上で、その高揚する気持ちは自分の中に留めておき、その気持ちを解放する瞬間というのは、周囲の人間がいない時にするべきだ、ということだ。

つまりは自分のヒーロー像を壊さないように建設的に育て上げる。この努力が大事だ、ということである。

ちなみに映画の場合はこの作業を、周囲の人間や悪役が担ってくれている。

結論としては「俺つえー状態は非常に良い転機である、ということでありそれは大切に育てるべき」ということである。

一見、印象の良くない感情であっても、案外自分を向上させるものは多いのだ。

アドセンス
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スマリッジ
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