「信頼できる」、「本音で話せる」という要素がなければチームを組むメリットはない。

友達とチーム

あなたには友達はいるだろうか。私はあまり友達が多くない方だ。

大して親しくもない人達、あって間もない人達とバカ騒ぎをして笑いあう事ができる人を見ると本当に自分の同じ人間なのかと心の底から考えてしまう。

だからといって友達の大切さを知らない訳ではない。
ただ、人と人が知り合う、分かり合う、信頼し合うというのは非常に長い時間が掛かるものだと思うし、長い時間を掛けるだけのことはあるのだと思う。

と、こんな友達についての話を冒頭でしているが、今回は「チームワーク」について考えてみる。

チームワークの害

チームワークを大切にしろ、それが仕事でも試合でも、何をするにでも大切なんだ。
耳にたこができるくらい聞かされた言葉だ、チームワークというと、私はスポーツ系の少年漫画のあの、汗が飛び散って、青春特有の高校を卒業したら二度と見ることができないような、無垢な眼差し等が連想できる。

今日、私が言いたいのは、上っ面な、体面の良い、言葉だけのチームワークなどないほうがまし、むしろ害になり得ると考えている。

唯々、なんとなく食事会や飲み会を行って、上っ面の、自分が何が好きかとか、休日の過ごし方だとか、晩御飯は何を食べるだとか、彼女がどうとか、結婚がどうとか、挙句の果てには好きなそっち系のビデオは何だとか。

そういう、本当に心の底から感情を吐き出さずとも済むような内容の会話のみで宴会が終了する。

無論、初対面の人達が初めて席を共にする。というのならば何も文句はない、むしろ健全だと思う。

建前と上っ面で完結するチームワークに意味はあるのか

しかしだ、何回も繰り返し顔を合わせ、何度も食事やお酒を共にしているにも関わらず、話の内容に自分の野望だったり、どんな時に自分が最高に気分良くなれるのかとか、どんな人が好きだとか。

そういったプラスの意味での自分の本音や、その逆のどんな奴が嫌い、自分が今までに経験した中で一番辛かった話だとか、本当はこいつに嫉妬してるだとか、そういうマイナスだけれども自分の根っこの部分を大きく含んでる箇所の話。

そんなのが一切できないのならば、結局の所、チームワークなんて必要ないのだと思うのだ、上っ面の話なんてものは、自分達が深い部分で話をするための助走に過ぎない。

つまりはチームワークというのは相手がどんなことに対して、本気で喜んだり、
本気で辛かったりという事を知ることが根幹であり、その本音を知ることにより、チームが最善に動けるように自分自身が動くことができる。

上っ面の話ばっかりしているチームだと、いざという時に相手が何をして欲しいのが、
何が嫌なのかがわからないから、皆が最善の力を出すことができない。

全部が全部適当な感じで終わってしまうのだ。

チームにおいて重要なのはメンバーと本音

しかし、自分の本音のすぐに気軽に話せる人など多くはないはずだと、私は思っている。
だからチームワークを作るというのは途方もない労力と時間が必要なのである。

いってみれば、今の時代、一人でも仕事を完結させることができるのだから、無理にチームワークを意識することはマイナスになる可能性が高い。

それこそ今の時代はもの凄くたくさんの人達と、もの凄く薄っぺらい話をして孤独を癒す時代である。
自分を晒すことが苦手で傷つくことが苦手な人達が多い時代である。

だから、これこそはという人達が現れるまでは、チームワーク、仲間ということに焦りを感じる必要はないのだと思うのだ。

それよりも自分の本音のはっきり伝えることと、意見がぶつかり合っても冷静に相手を尊重し話し合うための訓練を行ったほうが効果的である。

そういう癖をつければ、自分の本音のより多くの人に理解してもらえることが多くなる。
それは自分の本音を知る人の絶対数が増えるのだから、自分と気が合う仲間が増える可能性は非常に高くなる。