偉いとは何かを勘違いするから成り上がれない/「ハイステータス=偉い」は間違い

偉い人とは「利益を与えてくれる人」である

みんな、偉いの意味を履き違えているように思う。
その人に対しての生殺与奪の権利みたいなのを握っている人がその人にとって偉いだけであり、他のまるで関係ない人からすれば全然偉くも何とのないからね。

つまりは「私は何々という賞を受賞した事があり、こういう地位に就いている!」みたいな主張をした所で、今会話している人に対しての利益が一切発生し得ないのならば、その人はまるで偉くないのである。
そこんところを勘違いしないで欲しい。
偉いという関係性は「この人に媚びへつらう事によって私は利益を得る事ができるんだな!」もしくは「この人に媚びる事でしか私は生きていけないのだな」と相手が認識して、そのように行動している関係性の事を言う。
それ以外はない。

だから、「私は高学歴です!」とか「私は高年収です!」とか「私は権力者です!」とか、そういう主張をしてマウントを取ろうとする人に対して問答無用で敬服する奴は非常に勿体無い事をしているのである。
偉い人というのは人によって違う。

そして偉い人の条件は「何らかの利益を与えてくれる人」である。
利益を与えてくれそうな人は大概の場合ハイステータスだから「ハイステータス=偉い」という図式が出来上がっているのだろうが、それは解釈の幅が広がり過ぎている。

誤魔化されているのだ。私にとって何ら利益をもたらさない人間に頭を下げて何になるというのだ?それをもう一度考えてみて欲しい。
自分に利益を与えてくれる人に唾を吐き、自分を貶めてくる人間を敬服して成り上がれる人間なんている訳がない。

欲しい物をその人は与えてくれるのか

だから、「ハイステータス=偉い」という図式は今日の内に、今この瞬間に永遠にデリートするのが宜しいと思う。
この浅はかな思考は「足が速い男の子が一番格好良いからモテる!」という小学生理論で一生恋愛闘争を続けていくような愚行である。
もしくは「周囲から目立つ女の子が一番可愛いからモテる!」という虚構で一生幸せを思い求めるような無為な行為である。

何が欲しいのかを、しっかりと考えればわかるはずだ。権力が欲しい。そんな願いを否定する訳もない。
だが、権力者の中にも「権力を与えてくれる権力者」と「権力を行使して悪行を行う権力者」がいる事くらい、幼児向けの作品にだってありふれているのだ。
権力者だからと言って、愚直に素晴らしい物だと信じないで欲しい。それはひたむきではなく本当の愚かだ。

物凄く簡素で当然の事を言う。自分を幸せにしてくれる人が自分を幸せにしてくれるのである。その人を探し出す能力を持つ人間が幸せになれるのである。

アドセンス
改行

スマリッジ
改行

toppage