雑記ブログとは「書くことが見つかりにくい」アンド「儲かりにくい」という説を持ったけど別にどうでもいい

雑記ブログの方が案外書くことが少ないのかもしれない

雑記ブログの方が書くことなくなるよねー

だって「何を書いても良い!」という理念の基に雑記ブログは成り立っているのだから、「特定の何かを書かなくてはならない」という義務感は撤廃されているのである。

暗黙な義務感の排除。これが雑記ブログの特徴である。

また、「特定のテーマに沿って実学的な何かを書く」ということに比べると雑記というのは難度が高い。何故なら、そういう「特定のテーマに沿った実学的な何か以外」の物こそが雑記だからである。

「何でも書いていい」という綺麗な理念があるけれど、その実、多くの分野から迫害を受けたテーマを扱わなければなる。

例えば、雑記ブログで科学のことを綿密詳細に書き連ねたのならば、「もうそれって科学ブログじゃん!じゃあ科学テーマの記事だけを集めて作成した方が自分にとっても読み手にとっても都合が良いじゃん!」となるのだ。だからそれは雑記ブログでは書けない。

じゃあ何を書くのかと言うと「書き手にとっては明示的なテーマを見いだせなかった文章」を書くのである。これだって書き手が見いだせないだけであり分類が不可能な訳ではない。また時間が経てば何かしらの分類が自分自身で可能になるかもしれない。その時そこにある記事は雑記か。

欲望が張り付いている

「いやいや、そこまで細かく深く考えなきゃいいじゃん!趣味でやるブログなんだから!」

至極正論である。趣味でやること、好きであることに無理に制約や利益や都合を求める必要はない。

にも関わらずそんなことを細かく考える理由は「富や名声」的な何かを無意識の内に求めているからだろう。適当に始めた何かでも気付くと欲望が張り付いていることがある。いや実のところ、べっとりと張り付いた欲望とそれを認めたくない自分の矜持が合わさって「何となく趣味で始めた」という誤魔化しを行っているのかもしれない。

結局、趣味にも振り切れないし、実益にも踏み出せないという憐れな結末がそこには描かれることになる。

儲けるためには儲かることをしよう

しばらくブログを書かない内に自分が義務感でブログを書いているような、そんな錯覚にとらわれてしまった。

まぁ、所詮は趣味である。現状の所、それ以上の何かではないのである。

富や名声に対するモヤモヤがあるのならば、雑記ブログなんかでそれを求めるのは辞めて、特化ブログでも新設すれば良いのである。それだけのことである。

人間ってのはどうでもいいことで悩んで暇を潰す性質がある。長い人生においては案外、中々利口な性質なのかもしれない。