完璧は言葉の上だけの空想の概念であり、現実はトレードオフが常に付き纏う

完璧という概念は言葉の上だけの物であるような気がしてならない。

「あちらを立てればこちらが立たず」な状況ばかりが思い浮かぶ。

金は使えば減るし、食べれば食べるほど太るし、動けば動くほどに疲れる。

腕を鍛える時間を増やせば、他を鍛える時間は減る。何かを大切にすれば、他の何かを蔑ろにするしかない。

全てを十全に獲得することが一人の人間には不可能なんじゃないか、と思えてくる。世界全体で見れば、そこには完璧な姿が存在するのだろうか。

まぁ、世界全体の共同作業で仮に完璧を実現できていたとしても、その完璧さは誰も享受しないのである。宇宙人が享受したりも、現状の所、していない。ならば、そんな完璧さは意味がない。

それに欲しい完璧というのは人間一人で実現できる物である。多数の協力と複雑な条件の上に立つ完璧なんて面倒な事は不要なのである。都合の良い物が都合よく存在して欲しいと願った時に、完璧を願うのである。少なくとも私は。

何かを手に入れる為の努力をする覚悟はあるが、それと同時に何かを失ってしまったんじゃ馬鹿馬鹿しい。成長なんてのはどこにも存在せず、ただ形が変わるだけなんて虚しい。そう思ってしまうことはある。

頑張ったら頑張った分だけ、良い事だけが増えて欲しいのである。視力を改善する理由は誰だって見たい物を見る為である。だが視力が改善すれば見たくない物でも鮮明に見えてしまう。

完璧という概念は、机上の概念なのである。その辺は、諦めつつ、自分の欲求に優先順位を付けて獲得していくしかないのだろう。

アドセンス
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スマリッジ
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