価値とは振れ幅が広くムラがあるという性質を有するので、頻繁に発表を行い顧客が認識する価値を確認する必要がある

実際問題、やらなくても問題がない作業はいくらでもある。
やらなくても問題がないけれど、やるとお金が貰えるから、やるべき理由をどこかから見つけてきてやる。

できることならば、お金もたくさん欲しいから、それが如何に大変かをアピールして大きな困難を乗り越えるかのように懸命な表情を浮かべて相手に語りかける。

やらなくてもいいし、簡単でもある。でもお金は欲しい。非常に単純な原理の上で難解な理屈が飛び交っているのがこの社会なのかもしれない。大企業がやることだから、有名な肩書を持つ人のやることだから、それは価値があり大変なことだという印象を持ってしまうかもしれないが、実のところ、そんなことはないかもしれない。

そんなものである。有り体に言ってしまえば詐欺かもしれない。

だが、まかり通る。買う側と売る側で合意が取れているし、そのどちらも詐欺だと声を上げないからである。

個人間の取引がクローズアップされて「これは訴えこそなくても、詐欺なんじゃないか?」みたいな物議を醸そうとする人達もいるけれど、大企業だってそういう事をしていたりする。個人だけがクローズアップされる理由は、大企業にヘタな攻撃はしたくないからだ。注目されていないだけで、やっていないとは限らない。

そういう物事で世の中は溢れ返っているし、その気楽さ適当さを正義と取るか悪と取るかはその人次第である。価値なんて双方が納得すれば決定されるものなのだから、それを第三者が間に入って妨げるのは筋が通らないかもしれない。まぁその辺は難しい問題かもしれない。騙すのが上手な人は、騙されていると相手に気づかせないからだ。

まぁ、別にそんな話がしたいのではなく、価値なんて物は自分が思っているよりも振れ幅が広く、ムラのある物だってことである。簡単に自分が作成する物事の価値を見限るのはあんまり賢いことではない。

世界の誰もが知っている有名な大企業だって、飾りを取っ払って、冷静に製品だけを見れば大した物を作っていないケースだってよくあるのだ。そんな製品だって十分に売れたりする。だからこそ、発表して相手の反応を見るという形を何度も取り、相手の欲しがる価値を正確に見抜くことが大事になってくるである。

気楽に気軽に成果物を作成し、つぶさに頻繁に顧客の反応を見て、その都度価値の情報をアップデートしていくと、もうちょっと楽に生きることができる気がする。

アドセンス
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スマリッジ
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