異常な人間が異常なまま幸せになる方法はあるのか?

異常な人間が異常なまま幸せになる。
それは理想論である。実際は簡単な話ではないだろう。

何故なら人間は社会に属することで幸福感を得る生き物であり、異常な人間は上手に社会に溶け込むことができないから異常なのである。ならば、社会以外に幸せを見出すしか方法がない、ということになる。

人間が人生の内、どれほど社会に依存しているのかを明確に数値で出すことは難しいけれど、それでも大半という言葉が適切であるくらいには社会に依存しているだろう。

言ってしまえば、家族だって友達だって社会だ。異常な人間はそういう人達とだって上手く馴染めないから異常なのだ。だから基本的には孤独である。金銭は国の補助を受けるか、異常であるが故の才能を生かすことによって獲得する。他者との触れ合いという観点ならば、ボランティア的な団体の助けを借りることになるかもしれない。

異常な人間は普通の人間の通じ合えないから、金銭も心も通いにくい。これはやはり生きることの困難を表す。

まぁ、今の時代は比較的一番平和なので、金銭面については国の助けを得られるだろう。でなければ、その異常性を持って稼ぐしかない。

そして、普通の人が行っている「社会に属することで幸福を獲得する」というやり方を少しばかり修正するか、まるっきり別の方法を取るしかなくなる。

少し修正するならば、「特別な存在」として社会に受け入れてもらう、ということである。その呼称は天才かもしれないし、奇人変人かもしれないし、ちょっと変わった面白い人かもしれない。

まるっきり別の方法を取るならば、社会から隔絶された場所でネットの力をフル動員して金銭を稼ぎ、創作等の方法で幸せになる、ということだろう。つまりは他者ではなく、自分自身と関わり続けることによって生きるということだ。

異常な人間は簡単に正常にはなれない。だからこそ異常なのである。

だが、それでも確かに幸せになる方法が全滅している訳ではない。この世界の大半は普通の人なので、普通の人用の幸福実現マニュアルしか置いていないのである。さらにはインフラ的にも普通の人用の設備が充実しているのである。

だからこそ、その辺の道のりを自分で構築する必要がある、というのが大変な部分なのだろう。

方法論と道のりの構築。新規開拓である。

それをやった上で、ようやく見えてくる話である。大変であるが、不可能ではない。先人達がそんな困難なルートを開拓してきた結果が今の時代なのだから。