小心者が世界最高峰のボディビルダーの肉体を手に入れたら絶対に性格が変わるけど、それは裏切りじゃない。

体が変われば世界が変わる。

いつも何かに怯えているような小心者の男の子であっても、世界最高峰のボディビルダーの肉体に魔法の力で変化させられたのならば、急にイキリ散らしてうざったい言動ばかりを繰り返すようになるだろう。

気遣いの絶えない優しさの塊でできているような紳士の鏡のような人間でも、不思議な科学技術によりゴジラの肉体に変貌させられてしまったのならば、東京タワーに飛び込んではしゃぎまわるだろう。

というのは完全なる私の妄想であり、強靭な肉体を有していても、高潔な精神を宿している人間は存在するのである。

ただ、肉体が脆弱だからこそ、それを守る精神を有している人間は少ながらず存在するんじゃないだろうか。

つまり弱い故に周囲から身を守る為の方法として気遣いを身に着けている人間もいるのではないだろうか?ということだ。そういう人間が強靭な肉体を獲得して、周囲に媚びへつらう必要がなくなったら、そりゃあ性格は変わるだろう。だって、気遣いで自己をガードせずとも強靭な肉体が自動でガードしてくれるのだから。

現代においては肉体だけでなく、金銭も面でもそうだろう。

金銭に恵まれていない、もしくは、もっとたくさんの金銭が欲しい。そのためには、上司に媚びへつらう必要がある。その為に気遣いを身に着ける。そんなケースはあるだろう。

そういう人間が目的の金額に到達したのならば、手の平を返して調子に乗り始めること受け合いである。

上記の事を通して私は何を訴えたいのか?

目的を持たない能力なんてない。ということであり、その目的とは大概が俗物的な代物である。純粋な優しさとか、当たり前の気遣いとか、そういうのを期待したり存在したいすると思うのは、大きな勘違いである。この世のはお伽噺の国ではない。

超レアケースで「純粋な心の美しさとはこういうものか!」と感動してしまうような人間もいるけれど、それは例外である。大多数の人間は金や人気を目的に優しさを用いる。

別にそれが悪いとは全然言わない。むしろ、目的のために正当な対価を支払っているのだから、真っ当な生き方だと思う。

ただ、人は人を一貫性のある生き物だと思いこむ。自分自身にまるっきり一貫性がないにも関わらずだ。

だから、人が手の平を返した時に「裏切られた」と思い込み、酷く憤慨する。だが、それは自分が今迄行ってきていることであるし、自然の摂理でもあるのだ。どうのこうの言っても仕方がない。

それが嫌ならば、大企業みたいに「社員に35年ローンのマイホームを購入させて、ローンを払うための給料を餌に肉体と精神を拘束する」とか、そういう手段を前もって打っておかなければいけない。自然のままにしておけば、自然の流れに任せて物事は動くのである。

まぁ、そんなアレコレはどうでもいいけれど、強靭な肉体や大量の金銭があれば人生は快適になるという話だ。

筋トレと金策に走ろう。

アドセンス
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スマリッジ
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