嘘が悪いのではない。嘘の代価を支払えない自己中心的な人間が悪いのである。

知らない事を知っているかのように話す。
決まっていない事を決まっているかのように話す。

前者は知ったかぶりであり、後者は何というのだろうか?目的にもよるが、まぁ嘘を突き通したり、カマをかけたり、そういう意図があるのだろう。

知ったかぶりはそういう意味では可愛いものである。知らないけれど、知っていないと周囲からの疎まれる可能性があるから、仕方なく知っているフリをするという、いじらしい行為なのだから。

決まっていない事を決まっているかのように話す人間は、きっとその逆だろう。
自分の意見こそが、この集団の中での正しさなのであり、それに反逆する人はいないよね?という自己中心的な性格が見え隠れする。

嘘をつく理由も背景も、人によってまるで違う、ということだ。

知ったかぶりの嘘の罪と、嘘を貫き通す為の嘘の罪。この2つは同じ嘘ではあるけれど、個人的には嘘を貫き通す為の嘘の方が重い罪のように思える。

「嘘を貫き通す為の嘘の罪」

これも、なんかこうやって表現してしまうと、カッコいい言葉のように感じてしまう。

「今迄は優柔不断で頼りない自分だったけれど、私は変わる!決断力があり頼れる人間だと自分に嘘をつき続けるんだ!そうすればその嘘もいつかきっと真実になる!」

みたいな。

別に今はそういう事を罪だと指摘したいのではないのだが、自己中心的な人間程、そういう風なロジックで自分を誤魔化して罪をどこかに放り投げようとするんだろうな。

その辺は置いておいて、「嘘を貫き通す為の嘘の罪」は自己中心的な理由により他者をそれに強制的に突き合わせるという行為なのだから、良くない。ということである。

とは言え、その辺も線引が難しい問題でもあるよな。まぁ、基本的には悪い行為だとは思うが、それこそ決断力がある頼れるリーダーの発言であり、ちゃんと結果を出せる人間であれば、それもそれでいいんじゃないだろうか?と思ってしまうし。

結局はアレか。他者に利益を分配できるのであれば、他者の落ち度は許される、ということなのであろう。
自己中心的な人間は自分にしか利益を配分しないという結果の面において悪辣だから、許されない、ということなのであろう。

嘘の代価を払えない奴の嘘は悪い。そういう事だろう。

嘘とかそういう問題ではなく、自己中心的な人間そのものが悪い、ということだろう。