ゼロであるより、マイナスとプラスを生産した方が有益である。痩せたいなら運動するのが良い。

食べることは幸せだが、太ることは私にとって不幸だ。

だから食べる時は幸せだが、その後に膨らんだ腹を見るのは不幸だ。
じゃあ、その不幸を取り除く為に食べることを減らしたらどうなるだろう。当然の話として、食べた時の幸せが減るだろう。

不幸が減った分、幸せも減る。結局の所、これではプラスマイナスゼロなのである。

そんなこんなを考えると、痩せる為に食べる量を減らすというのが、私はあまり好きではない。

不幸にならない為に幸せになるのを諦めるなんて、そんな悲しい発想はないだろう。

だから、食べること事態はいいんじゃないかと思う。
でも太るのは嫌だから、その分、運動をすればいいんじゃないかと思う。

運動は辛くて嫌だ。という意見も分からないではない。だが運動の辛さというのは筋肉の弱さに起因することが多い。

そしてその筋肉の弱さは、運動を重ねる度に解消させるものである。続ければ次第に運動は辛さが減り、楽しさが増えるのである。

運動での解決は長期的な目線で見れば、良いことだらけなのだと思う。

好きなだけ食べて、その分、楽しい運動をする。それが幸せを拡大させる道筋なんじゃないだろうか。

何より、運動の後の食事は美味い。さらに今は夏なので、痩せやすい。まぁその分、暑さはヤバいので水分補給をしっかり行うべきではあるが。

こういった話を抽象化して考えると、「マイナスはいらないから、プラスもいらない」という発想だと何も始まらないし、広がりがないという事になるだろう。

「欲しい物があるけれど、お金が減るのが嫌だから買わない」という発想は何も広がらない、個人の努力もないし、商品が売れないから周囲の人も助からない。

だが、「欲しい物があるが、お金が減るので、その分稼ごう」という発想になれば、個人の努力による成長と、経済の促進という効果が得られる。広がりがあるのだ。

だから、無理のない範囲内であり、他者に迷惑が掛からず、実行可能であれば、欲望は充足させる方向に動いた方が良いのである。

そして、欲望の充足に伴うマイナス面を解消する為に、さらに行動するのが良い。

ゼロは何も生まない。ならばマイナスとプラスの方が生産的である。

アドセンス
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スマリッジ
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