自己の不具合について、倫理的な悪感情に浸って悩むのは愚行である

科学されるべきであり、推測されるべきであり、受容するべきなのである。自分自身が出す結果について。

何故失敗するとか、何故やる気が出ないとか、そういう自分についての不具合を倫理的な悪と認識して落ち込むのは、さらなる愚行である。

失敗するのは単純に能力がないからであり、やる気が出ないのはそういう素養が自己に備わっていないだけである。

そしてそれは、私が生まれる前の過去の全ての存在がそういう風に私を形作ったからである。

川の水の流れが世界の法則に従って流れるのと同じように、人間の思考や行動も世界の法則に従って決定されているだけである。

だから落ち込むのは無駄、というか筋違いなのである。そういう風にできているだけなのだから。

よって、自己の不具合についてアレコレ悩むという行為は間違っている。
(まぁ、それだってそういう風にできているだけなのだから、仕方がないのだが)

無駄な物にエネルギーを注ぐよりかは、その不具合を改善するように科学的な目線で思考するのが正しい。

何かを改善する時の最短ルートは、人間をただの物質である、高度なからくり人形である、と認識した方が良い。

人間の体も心も精神も、からくりがあると認識して、まるで学校の問題を解くように考えるべきなのだ。

他人をそうやって扱えば非難轟々だろうが、自分の体ならば好きにすれば良い。

ありのままを受け入れて、その上で現実を見て最適解を求める。

その姿勢が大事なのである。

アドセンス
改行

スマリッジ
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