「不幸じゃなければ芸術は生まれない」という言説の本当のところ。

不満はないと創作はできないのかなぁと、そんな気がする、

創造するって行為は何の為にあるのか?
そりゃ、今よりも素晴らしい未来を獲得する為だろう。

ならば、今に不満がなければ、熱心に創作をしないのではないか?
そりゃ、「今よりも更に素晴らしい未来を!」」という発想ができなくはないけれど、「不幸から逃れる為のエネルギー」と「幸福を追い求める為のエネルギー」だったら、逃れる為のエネルギーの方が爆発的である。

誰かが言った、「芸術は爆発だ」と。

そんなことを思うと、不幸な方が芸術的なんじゃないの?って思うけれども、どうなんだろうか?
まぁ、一部の人にとっては魅力的な発想だとは思う。

ただまぁ、現実論的な観点で言うならば、創作はビジネスであり、ビジネスならば持久力は大切なので、不幸を原動力に活動を継続していたらすぐに枯渇して狂って終わりである。

だから、「更に幸福を求めよう!」って発送で創作活動ってのはやった方がいいんだと、結局は思う。

じゃあ、なんでこんな事を考えたのかと言えば、最近まるでブログを書かなくなったからである。なんで書かなくなったか、という理由を考えると「最近、人生に不満というものがないなぁ」と感じているからである。

特段幸せだと主張するつもりはないけれど、取り立てて不幸ではない。

「幸せがなくとも、不幸じゃない状態」というのは存在するんだなぁ、と実感するこの頃である。

ただ、このどっちつかずの宙ぶらりん状態ってのは、感情の起伏がない。心が揺れない、動かない。必然的に創作的感情は死滅する。

そういう意味では「心が躍動しない状態では、創作は生まれない」というのが正解かもしれない。

幸福による心の躍動によって創作活動が行われるのが理想的だろうが、その次善の策として不幸を選択してしまう人間もいる、ということだろう。

要は「好かれないならば、いっその事、嫌われて他人の関心を引いてやろう!」という発想である。悲しいものである。

まぁ、私としては、そこまで創作活動そのものに対して渇望していないから、まぁどうでもいいいのだが。

アドセンス
改行

スマリッジ
改行

toppage