嫌な記憶は忘れにくいらしいので、幸福の記録を蓄積してバランスを取ろうと思う

嫌な記憶は嫌でも忘れられなかったりするようである。
その辺を応用すれば勉強に役立ったりするのだろうか?
単語を発音しながら、尻をぶたれるとか。

マゾじゃねーか。

そんな具合にして社会の頂点に立っても、ぶたれる事が習慣になって、隠れてそういうお店に行くようになってしまったらお笑い草である。

でもまぁ、記憶したい物事がある時は、大きな刺激を混ぜると効率が良くなるのは確からしい。その辺は、工夫次第である。

で、年を重ねるにつれて記憶力が衰えても嫌な記憶は忘れられなかったりするのである。

だったら、記録に残して、記憶に留める情報ってのは、良い記憶に集中するべきなんだよな。じゃないと、バランスが取れない。

ってなことで、今日の良かったこと。何かあるだろうか?

まぁ、無事に家に到着できて安息の時を過ごせているってのは素晴らしいことだろう。

あとは何だ。冷えたポカリスエットが美味いくらいか。あぁ、幸せである。猛暑からの冷えた飲料は最高である。

その程度である。たかがそんなもんである。

低コストで幸せになれる燃費の良い人間って事で満足しよう。

そうすれば、莫大なる幸運が降り注いで来た時に、多大なる幸福感に包まれることだろう。

幸福の感度は高めに。他の感度は適当に。

アドセンス
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スマリッジ
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