人間の行動原理は、快感の追求と不快感の忌避である

人は喜びを感じる対象を好きになる。

言い換えれば、快感を提供してくれる存在に依存する性質がある。

美味しい食事だとか、楽しいスポーツだとか、面白いゲームだとか、そういうのに人間は依存するのである。

遠回しな表現になるけれど、人間が繁殖するプロセスには多大なる快楽が付与されているから、皆それに夢中になっていき、その結果として現代に至るまで人間は存在しているのである。

その人間の仕組みが適用された結果として、人に喜びを与える事ができるお笑い芸人なんかがモテたりするのである。

別に皆が皆、お笑い芸人になる必要はないにしても、そこに学ぶべきポイントはあるはずである。社会的インフラを担保している訳でもなく、先進的なソフトウェアを提供している訳でもないのに、あれだけの大金を稼ぐ連中がいるということは注目するべきだろう。

人間ってのは生きるのに役立たなくても、楽しければそれで良いと思ってしまう生き物なのである。

だから体を壊すまで暴飲暴食を続けたり、健康を害すまでゲームを続けてしまったりするのである。

人間の行動原理は、快感の追求と不快感の忌避である。

幸せが好きであるし、痛いのは嫌だ。複雑に見える人間の行動も、全てはこの原則に従って動く。

だからこそ、気遣いができるとか、暴力を保有するとか、商業的価値を有するとか、そういう他者に快か不快を提供できる人間になっておかないと、社会的には下に見られること間違いなしである。

それを分かっている人間は、日頃から体を鍛えたり勉強したり美貌を磨いたりお笑い芸人の真似をしたりするのである。

その辺を鑑みると、人間ってのは非常に打算的な生き物だと思う。

というか、生き物は皆、打算的なんだろうけれど。

そうでなければ絶滅するだろうから、当然か。

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