新しい物事に挑戦できない理由は自意識過剰だからかもしれない

妄想だと都合の良い面ばっかりが写って便利だよな。

実際にやってみると、全然大変だったり、つまらなかったり、思った以上の成果が出なかったりする。

「もしもピアノが弾けたなら」なんて言う妄想で「自分の才能という現実」に気付かないでいる内が幸せなのかもしれない。

初見で妄想通りに事が運ぶなんてない。まず有り得ない。そのくらい人間は現実が理解できていないし、自己の才能に対して過信に過信を重ねている。

「新しい物事への挑戦心が出てこない」なんて言う悩みってのは、純粋なエネルギーが足りないというよりかは、自分の才能を直視する過酷さを受け入れられないが故なのかもしれない。

その証拠にユーチューブを一日中見ていられる人はたくさんいるけれども、一日中ユーチューブ動画を作り続けられる人は中々いない。

自分というフィルターを通すというのが精神的苦痛なのである。

そういう意味だと、自己表現が簡単にできる人間なんてのは、案外の所、自己という存在に対して希薄な意識しか持っていないのかもしれない。

自分という人間を「世界に存在する70億分の1の人間という動物」という無機質な認識していないからこそ、己の限界と可能な行動を冷静に把握し、存分に扱えるかもしれない。

皮肉な事、自己に対して興味が薄い人間ほど、自己表現が得意なのかもしれない。

他人に熱狂的な妄想を抱かせる才能を持っている人は案外ドライなのかも。

そういう訳で、新しい物事に挑戦できない理由は自意識過剰によるものだったりするかもしれない。

たかが人間は動物であるし、70億分の1である。

身の程を知って、自由になろう。

アドセンス
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スマリッジ
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