完璧を目指し続ける限り、悩みはなくならない

仕事に完璧はない。
個人的に完璧だと思う出来はあるのだろうが、理論上の完璧はない。

足りない部分を探し出すことはいくらでもできるからだ。

だから、本来、人が完璧を目指す場合は「事前に完璧の定義」を行った上でそれを目指さないといけない。
でないと、人の精神は不思議なもので自然に不満を創出してしまうからだ。

その辺の考えが私には足りないのだと思う。

生きている限り、大半の場合、誰かと関わり合いになる。
関わり合いというか、コミュニケーションを取ることになる。
その際に、100%情報を伝達できるとか、一切他者を傷つけないとか、そういう事は実際問題、無理なのである。

無理、絶対ムリである。仮にそんな天才がいたとしても、私には無理だし、「私ならできる」と思っているあなたでも無理である。できると思い込んでいる分、タチが悪い。その傲慢さの分だけ、絶対に他人を傷つけている。

他者を思いやるという能力は能力であり、自然にできることではないし、人によって、能力の良し悪しがある。

だから、相手が分かっていないことを100%分かって情報伝達をするなんて不可能に近いし、100%情報を伝達できたと証明する手立てなどない。

同じように、相手が傷つかない事を絶対に言わないなんて、無理である。それも証明できない。
さらには、「傷ついていないのに、傷ついたと言う人」もいるし「傷ついているのに、傷ついていないと言う人」もいる。

だから、無駄なのである。無理なのである。完璧は諦めるけれども、完璧を無理なく追求する態度が大事なのである。

根を詰めて完璧を追求すると、自身の精神が疲弊し続かないし、その神経質な態度は余計にコミュニケーションを阻害する。過度は禁物である。

そんなこんなで、失敗してしまったと思うこともあるけれど、それでもコミュニケーションを辞めてはいけない。

やればやるほどに上手になるものだし、やらなければ錆びるものである。

だから、失敗しても立ち向かう心持ちである為に、完璧であることを諦める気楽さを維持する必要があるのだ。

アドセンス
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スマリッジ
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