そんなに言うなら、やってみればいい

親の苦労、子知らず。

そんな格言があったように思う。

子供は親について文句ばっかり言うけれど、その影で親は物凄い苦労を抱えているという事だ。

実際に子供が成長し、恋愛し、結婚し、子供を生む。

その子供が成長していくと共に、やっとその時に親の心情と苦労が理解できるのであろう。

長い年月を超えてようやく理解できる事もあるのだろう。
(親の恩なんてとっくに忘れて、子供に悪態をつく親もいるらしい)

要するに、この格言の核心は「実際にその立場になってみないと理解できない」という事であると思う。


サラリーマンは経営者ではない

先の話のように、経営者の苦労と心情は決してサラリーマンには理解できないだろう。

本やドラマや体験談などから、片鱗を知ることはできるかもしれないが、それは所詮「知る」だけである。

「体感」ではないからリアリティを伴った「理解」をすることはできない。

どうやっても、何かについて理解するためには実際にやってみるしかない。

文句だけ垂れる人生は楽だけど退屈

サラリーマンはもう子供ではない。

だから会社を作ろうとすれば作ることはできる。

でもそれをしないで文句を垂れる人は大勢いる。

  • 能力がない
  • やる気がない
  • 環境が悪い
  • 安全圏で文句を言いたい
  • その他諸々

色々な理由があるけれど、そんな理由から自分の養ってくれている人間達に大して文句を垂れる。

何かに守られている立場というのは、とても安心で楽だ。

だって何も自分で考えずに文句を言っていればいいのだから。

だが、その対価として退屈なのである。


別に会社を作れという訳じゃない、でもやはり感謝せねば

本当に客観的に見て、その会社が悪い会社ならば、さっさと抜け出すか、自分で会社を作ればいいのである。

そうでもないのに、会社にケチを付けるのは「子供のやることにとても似ている」。

きっとそんな時、ケチを付ける対象は会社ではなく自分自身だったりする。

だが、他の何かに原因を求めてしまう程に疲れているのならば、せめて感謝すればいいのではないだろうか?

他の何かにケチを付けて、自分では改善しようとはしない。

そんな人が快方に向かうとは思えない。

そんな状況を簡単に何かしらの方法で変えるとしたら「まずは養ってくれている会社に感謝すること」なんかがいいんじゃないのかな、と思う。

別に親に感謝するでもいいけれど、「自分を養ってくれている人間を肯定しなくては、その配下にある自分も肯定されない」のかと思う。

親を肯定する事によって自分を肯定してみよう!という自己中心的な考えである。

親がやる事を肯定できるなら、いつか自分でもやってみようと思えるだろう。

親がやる事に文句を付けないならば、他にやる事が見えてくるだろう。

なんか、そういう些細な所から変えていかないと、何も変わらないような気が最近している。