挑戦するにあたって、なぜ他人を馬鹿にするのか

「他人を否定しないと自分を肯定できない」類の挑戦は悪い挑戦だと思います。

そんな事言っている暇があったら、さっさと自分の本題に移れ。

「他人の行動なんてどうでもよく、自分の挑戦に夢中になれる」類の挑戦は良い挑戦だと思います。

自分がやりたいことを夢中でやっている。

他人がどうだろうと別にどうでもいい。

そんなスタンスの人間の方が良い挑戦だと思います。

無論、今の世の中だから、「他人を否定する事によって、自分に注目を集める」というビジネススタイルもありますが、それは例外であり、あんまり良いものだとは思いません。


レールから外れてもいいけど、レールの上にいる人に文句を言う必要はない

今の世の中、色々な身分の人達が「レールを外れてフリーランスになります!」という事をやりだしている。

それは全然構わないと思う。

だって、その人の人生だもの、好きにやればいい。

でも、どうして皆、その決意表明をする内容に「他人を否定する話」が含まれているのだろうか?

別に前居た所の話なんてどうでもいいじゃないですか?

だってもう辞めたんでしょ?

だったら、そんな注目を集める記事を書いているんだったら、「これから始める事業」について紙面を割けばいいのにね。

もったないくない?

一番注目を集められる時期になんで「過去の話」の話をしてるの?

これからどんな事業を起こすのか?

現段階でどれだけその事業が進んでいるのか?

その事業について自分がどれだけワクワクしているか?

なんて事を書けば、ファンだったりお客さんだったりも獲得しやすいんじゃないのかな?

それに当事者は今の身分の捨ててフリーランスになるんだろうけど、これからお客さんになる人が「昔の自分の身分」である可能性だって十分にあるんだよ?

だったら、どうしてフリーになる前の身分をバカにしてしまうのだろう?

その分、お客さんが減ってしまいませんかね?

わざわざ周囲を、昔の身分をバカにする事のメリットってそんなにあるようには思えません。

当然、多少のメリットとして注目度が上がる、つまりは炎上現象が発生しますが、それはとても短期的なものです。

一年前に、いや半年前にだって炎上した内容なんて私は覚えていません。

そして思い出せても、暴言を吐かれた記憶のある人間を応援したいとも思わないし、早く忘れたいと思います。

そんなこんなで、「良い挑戦」と「悪い挑戦」というのはやっぱり世の中にはあって、自分がそのどちらに分類されているかを冷静に分析する事によって、得るものはあるのだと思います。

挑戦のために挑戦ができますように。