まんじゅうこわい、みたいな感じである。

あの話の登場人物がどうしてまんじゅうを怖がるのかは綺麗サッパリ忘れてしまったが、通常では怖がらない物を極度に怖がるのは不思議であるなぁ、と強く印象に残った記憶がある。

私はまんじゅうは怖いとは思わないし、格別好きだと思わない。

「うに」とかの方が怖い、未だにあれが美味しいとは思えないし、外見的にもあっちの方が怖い。

承認欲求は怖いのである。


ちやほやされたい、褒められたい

たくさんの人にちやほやされると、とっても嬉しくなる。

明らかにドーパミンがドバドバ出ているのがわかるくらい嬉しくなる。

これは知っている人だろうが、知らない人だろうが、自分が認知されていたり、評価されていたりすると、自然に発生する現象である。

人間の精神や性格は脳内ホルモンで決まる、という話もどこかにあったようななかったような感じである今日このごろであるから、やはりドーパミンが出ると、一時的にではあるが性格は変わるのである。

褒められたてのホヤホヤの状態だと、まさに「空も飛べるはずだよ」状態になる。

「諦めなければ夢は叶うんやで!」

とか、真顔で言ってしまえるテンションになってしまう。

たかが、一人の人間が私に少しの関心を向けただけで、こうなってしまうのである。

それの何が怖いのか?

そういう性質を持つ承認欲求ならば、別に歓迎するべき内容ではないだろうか?

確かに、その通りではある。

しかし、物事は何事もバランスである。

そして現代社会、つまりはネットが発達した社会というのは、非常にバランスが崩れやすいのである。

ネットでブログがバズったりすると、何万人もの人間から認知される、承認される、という現象が発生する。
(無論、嫌悪される場合も多々ある)

さらにその波に乗って、承認欲求という胃袋を過剰に満たし続ける時間が長くなると、それが普通になるから、性格も当然変わる。

高揚している状態が通常の精神状態になる。

つまりは、常日頃から「頑張れば夢は絶対叶う!」「みんなと同じ生き方なんてまっぴらだ!」「努力というのはね、嘘吐きの言葉なんですよ」みたいな発言を行ってしまうようになる。

この現象は、発言者からすると、別に違和感がなかったりするものではないかと私は勝手に考えている。

常にドーパミンドバドバ状態の人と、適度にドーパミンが出ている人の精神状態はまるで違うのである。

常にドーパミンが出ている状態というのは、暴走機関車みたいない物だから、上手くハマればものすごい成果を上げるのであるが、結構な確率で悪い意味で、「レールから外れる人生」を送る事になってしまう。


だから、承認欲求は怖いのである。

人は誰だって褒められたら、嬉しいのである。

たくさんの人に褒められたら、さらに嬉しいのである。

常用すれば、舞い上がって、足元がおぼつかなくなって、意味不明な言動を繰り返してしまっても無理はないのである。

継続的に成功できる人は承認欲求をバランス良く摂取しているのではないだろうか、と私は勝手に考える。

人間の精神は簡単に移ろってしまうものだから、常に冷静に自分を観察できるもう一人の自分が必要なのだと思う。