悩みが増えるという悩み、悩みの器

悩みが全く持っていない人間というのは実際の所、存在しないのかもしれない。

今の私はお金さえあれば、お金持ちになれると考えてしまっているが、実際問題お金持ちになったら別の悩みが発生してくるのだろう。

具体的に言うならばお金が手に入ったら発生する悩みとは「お金では叶えられない欲望」なのだろう。

自分が所有している「悩みの器の大きさ」に従って、今現在最も適合しそうな悩みがそこに流れ込んでいるだけなのである。


原因が分かったからといって、全てが解決する訳ではない

さて、悩みの原因はわかった。

要は私の悩みの器の大きさによるものだという事がわかった。

だからといって、どうするのだろうか?

・仏門に入って、悩みを消滅させるために毎日努力するのだろうか?
・悩みは誰にでもあるものだ!と理解する事によって毎日を楽しく生きていくのだろうか?
・悩みが滞留しないスピードで、悩みを解消していくのだろうか?

仏門に入って修行をした所で、悩みの器が消滅する可能性は著しく低いだろう。

仏門に入った人が犯罪を起こすニュースなんかはよく取り上げられるし、人間は欲望がなければ生きていけないし、欲望があれば悩みは発生するものである。

悩みを人間の脳みそから消滅させる事は、心臓を動かさずに生命活動を行おうとするようなものである。

悩みは誰にでもあるのだと理解した所で、毎日楽しく生きられる程に、世の中は単純ではない。

誰でも所有している事がわかれば、多少は苦痛が軽減するだろう。
だからこれは有効な手段ではある。
だが、根本的解決には至らない。


悩みが滞留しないスピードで、悩みを解消していく。

現実的に考えれば不可能である。
しかしながら、この発送を応用して、「悩みが発生しない程に忙しく充実した日々を送る」という行動によって解決することはできそうである。
人間立ち止まって座り込んで頭を抱え込んでいるから悩みは発生するである。
選択肢を吟味する時間がなければ、もしくは選択肢そのものが存在しなければ、悩みが発生する事は極限までに現象する。

だがしかし、これは凡人が実行するには簡単な事ではない。

覚悟が必要である。

気持ちの問題だから簡単だと考える人もいるけれど、自分の心を思い通りに律する事ができる人間は紛れもない有能者である。

すべては解決できなくてもいいんじゃないかな、まずは軽減しよう

ある程度の回答を思考してみたが、その事で分かった事は「わかった所でどうしようもない事がある」という現実がわかっただけではないだろうか?

まぁ、それでも考えて対策を立てれば多少は軽減ができる事が分かった所が今回の救いなのだろう。

生命活動を行うに当たって、苦痛や摩擦や苦悩を完全に除外する事は困難である。

しかし、知恵と覚悟と諦めがあれば、それを軽減させることができるし、その応用で幸福を最大化する事も可能だろう。