人間とは身勝手なものだ

人間とは、なんて表現をすることで私だけがそうなのではない、という主張を遠回しにするような私はやはり身勝手なものだ。

自分にとって都合の悪い事は、他人にせいにするか、「みんなもそうだよね!同じだよね!」というスタンスにすると回避しやすい。

「人間とは醜い生き物である」系の入り口で何かを批判したりバカにしようとしたりする時は、単純に自分の醜さを世界に押し売りしているだけなのかもしれない。

やれやれ困ったことだ、人間という生き物は本当に醜い生き物である。

さて、その人間は本当に身勝手な生き物であり、責任を取りたがらない生き物であり、挙げ句の果てには自分自身の欲望とも正面からぶつかる事に恐怖し誤魔化し逃げ惑う生き物である。

自分にはないような能力、例えばコミュニケーション能力に長けている人間を見れば、「あの人は不躾だ!礼儀がなってない!見境なないぞ、わきまえろ。皆笑っているけど、本当は心の中では迷惑しているはずだぞ!」みたいな論調で、その人を批判する。

実の所は、自分にはない能力が羨ましくて妬ましいけど、それを明確に自覚する事ができないストレスと劣等感から批判をしているだけなのに。

自分が達成したいと願う欲望、例えば矮小化した自尊心を慰めて欲しい、さらには三大欲求の中の二つくらいを満たして欲しい、という欲望を達成するために、性格も好みも癖も何も知らないような、ただ上っ面の外見の印象だけで、「この人になら受け入れてもらえそうだ」と無意識の中ではこっそりと考えている癖に、「あなたを幸せにしたい、愛している。ひと目見た時から運命を感じていたし、会話をしているだけで私達の相性は最高なんだってことがわかる」みたいな事を主張する。表面上は「私とあなたのため」という論調で主張する。

自分の欲望を解消したいだけなのに、私は私に幻想を見せて、相手を騙して、善意を振る舞う。

どうにもそんな輩がこの世界には大手を振って闊歩しているらしい。

本当に困った事である。

さて、そんな困った人達の話をいつまでもしていても、生産的ではないからこの世界のためにはならないから辞めよう。


自分のことは棚上げにする人間ってダメだよね

結婚の話でもしよう。

私もそろそろ結婚の事について深く考えようとしている。

結婚をするという事は、結婚を行うにあたっての儀式、その後の新居の問題、生活の問題等で非常に経済を活性化させる活動になる。

それだけでなく、子供を育むことにより、新たな労働力を生み出すという面で非常に国益になる行為である。

また、私が誰かを愛する事によって、確実にその人の人生は幸福なものになるから、やはり結婚は奉仕活動的であり、有意義である。

結婚をする、という事は善行であるから、善人である私としてはこれを断行しない理由はない。

最近の若者は、やれ恋愛しない、結婚しない、と言われているそうなので、その悪しき流れを是正するためにも、私こそが一石を投じなければならないのだろう。

本当に人間という生き物は身勝手な生き物であるなぁ。