男は理想的な結婚プランなんてまともに考えない。結婚式に夢を抱くのは女性だけ。


結婚観の男女差

男が「どんな結婚式にしようか?」なんていう妄想で幸福な表情を浮かべる事はない。浮かべている人がもしいたとするならば、それはきっと隣に結婚相手の女性がいる時だけに違いない。

「結婚式こそが命!」とまるで甲子園出場を目指す高校球児のような気合の入った態度の人間が隣にいれば、未来の旦那としても作り笑いでも浮かべないと、その晩には金属バットで撲殺されるだろうから。

どうしてここまでの違いが出るのか?正直言ってまるでわからない。だが確かな現実として、男性からすれば結婚式ってイベントには女性に比べれば毛ほどの興味もないのである。

その差はどこで生まれるのだろうか?無論、性差による違いは否めないけれども、それでもこれだけの意識の違いを生み出す要因になっているのは「幼少期からティーンエイジャーまでの脳内に詰め込んだドラマ・漫画・マスコミの情報」によるものなんじゃないだろうか?と思う。

要は、男性という生き物が男性だという理由で結婚式を好まない訳ではなく、メディアの中に「男性が結婚式を好むような情報」を入れ込んでいないだけではないだろうか。

女性という生き物が女性だという理由で結婚式を好まない訳ではなく、ゼクシィという情報雑誌が「女性が結婚式を好むような情報」を入れ込んでいるだけではないだろうか。ゼクシィが先か、女性の結婚観が先か、と問うのは生物の起源を問うのと同様に複雑で奥が深い問題なのだと思う。


夫婦初めての価値観の違い

結婚式でよく聞くケーキ入刀の時の「夫婦初めての共同作業です!」なんてハッピーなイベントは正直言って、あんまり重要ではない。あれはお決まりであり、パターンであり、周囲としてもそこまで注目していないはずだ。注目しているフリはしてくれるだろうけれど。

結婚式における夫婦初めての共同作業で、非常に重要なイベントは、結婚式そのものなのである。物凄いコストを掛けているのに、両者の意気込みと好みがまるで違うという点が重要なのである。

「〇〇なんだから、この程度のコストでいいよね?」と「〇〇なんだから、このくらいのコストは掛けないとね!」という価値観が大きなレベルで衝突する夫婦初めての瞬間である。しかも、この状況に直面する時には安易に後戻りできないケースが多いので、逃げずにその問題に向き合うしかない。

場合によっては入刀する対象がケーキではなくなってしまう大問題である。価値観の断絶は人間関係の断絶にも繋がりうる重大な話だ。「健やかな時も病める時も」というけれど、健やかな状態で病んでいるという特殊な心境を体験するのも、この時が多いのではないだろうか。

寄り添って歩く

二人の人間が一つになって協力するという事がどんな事か。それをリアルに体験させてくれるという点で、それだけで結婚式は大きな意味がある。願わくば、結婚式を通して、価値観の違いを通してお互いの価値観を認め合い絆が深まれば良いと思う。価値観の違いを通して、関係性の断絶を発生させてしまうのでは、あまりにもコストが大きすぎるし何よりも無意味だ。

きっと男性は結婚に執着する女性に嫌気が差すだろうし、女性は男性のやる気のなさに辟易するだろう。でもきっとそこが始まりなのだろう。

折れた腕を治すように、開いた傷を縫合するように、離れた何かを結合させる作業には痛みが伴う。医者には麻酔という手段があるが、夫婦にとっての代替手段は形の見えない愛というものしかないのだろう。

結婚式は壮絶な痛みを愛で鈍化させながら、二人を結びつける大切な儀式である。

そう思えば、パートナーに対しての不満も少しは和らぐのではないだろうか?どうだろうか?まぁ、痛いものは痛いか。