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「私の常識」を主張する時代になったのだろう

昔は常識だったのかもしれないけどね。

でも「常識だろ!」と憤るくらいに、憤る人の常識を守らない人がいるって事は、もうそれは常識じゃなくなってきているんだろうな、と思う。

とはいっても、商売でやっている店で集団で来て水だけ頼んで帰るのは私自身もおかしいと思う。

しかしながら残念な事に、「店に入ったらワンオーダーはする」という事すら常識じゃなくなっているのだろう。

そしてネットで嘆いた所で、そのお店に入る人の全員がネットの記事をちゃんと読んで完全に同意するなんて事は奇跡でもない限りあり得ないから、お店に張り出すしか根本的な解決はないんだろうなぁと思う。

それでケチつける人や炎上する人なんかは、結局大した利益を出さないと思うから無視してもいいんじゃないだろうか?

「常識だと思う事ならば、そしてそれが守られていないのならば、当たり前に大々的に視覚的に主張してもいい」に決まっている。

その行為によって、お客とお店の見解の相違があるならば、余計なストレスを両者溜めないで済むんだから、そのほうが良いのだろう。


現代に常識なんてない

というか、現代に常識ってのはあるのかね?ないんじゃないのか?

昔の大きな情報源ってのはテレビしかなくて、皆テレビの言うことが正しくて常識だと思っていた。

しかしながら、現代はネットの発達によって、個人の好みにより適している世界に住まう事ができるようになった。つまりはその世界ごとに「常識」が発生するようになった。

結果として、日本全体としての常識って奴は、昔に比べると激減しているのではないだろうか?

まぁジェネレーションギャップと言ってしまえばそれまでなんだけど。常識って言葉は自分の中には強固かつ悠然とそびえ立っているのに、他人とはまるで噛み合わないものなんだろうなぁ。

「言わなきゃわからない」時代が来た

お店としてはお金儲けでやっているのだから、一銭の価値にもならない人間を厚遇する道理はない。

そんな人間は炎上しようがなんだろうが、放置するに限る。

いずれ炎上が収まれば、「私の常識に賛同する人間だけが集まる心地よい環境」が構築されていく事だろう。そうすれば、わざわざ「私の常識」を紙に貼り出す必要もなくなるだろう。

要は、現代は「皆それぞれに常識」を持っているから、「言わなくてもわかるだろ」ってのはまるで通用しないのである。

本当に「言わなきゃわからない」のである。それは相手が馬鹿だとか無作法とか、そういう問題ではない。外国人に日本語が通じないのと同じ話である。多様化、グローバル化の影響なのだろう。


多様性と自由と面倒くささ

自分の所属する世界は自由に決められる!私の多様性を許容してくれる!

これだけ聞くと、なんとも楽しい世界なんだけれども、その裏には「他人の多様性を考慮しなくてはならない」という面倒くささがついてくる。

「お店で水だけで過ごす」、「お店に一銭も払わない。」

まるでおかしい話なんだけれども、個性と多様性のお陰でそんな事態が起こっているようだ。

お店は将来的には、メニューと一緒に「お店のルールブック」を渡さなければいけなくなるのだろうか?非常に面倒である。

さらには、面倒な人が面倒な炎上を起こすと「お店で食事を摂るためだけに、誓約書に同意」しなくてはいけなくなったりするのだろうか。

「皆が同じ常識を持っている」「言わなくても当たり前にわかってくれる」

ってのは自由も多様性もないけれど、面倒もなくスムーズなコミュニケーションが取れていたのだろうなぁ。