ほとんどの人が所属する組織について

私にはできない何かが、他の誰かは今すぐできるから、私は誰かと手を組んで大きな何かを作ろうとする。

パートナーが増えれば増える程に、できる事も増えて情報は密度を増して、また新たな可能性を生む。

できる事が多くて、評価される事が増えて、資金もアイデアもさらに増大すれば夢と理想は宇宙的に広がる。

だから皆で力を合わせて進んでいく事は素晴らしいのだ。そう考える事は多々あったし、そう実感する事も多々あった。

だがしかし、組織は大きくて、紆余曲折で、アンバランスなのである。

人が集まれば、情報交換のコストが余計に掛かるし、誤情報の発生するだろうし、利益は管理の観点上一つの場所に集中するから再分配の際に不公平さがどうしても生じてしまう。

個々人が想定以上の利益を出さなければその分マイナスは大きい。さらに上手くいかないからと言って、すぐに組織の方向性を転換できるほどのに大きい組織を動かすのは簡単ではない。

さらには、組織内の人間同士で争いや奪い合いなどが発生する事もあるだろう。組織と言えども、一人の人間の集まりなのだから、好き嫌いはある。

速度はともあれストレートだ

そういった点と比較するならば、「私一人だけ」というのは何ともストレートな事ではないだろうか。

無論、私ができない事は必要であれば、これから私ができるようにならなければいけない。「物事の完結」が私営での絶対条件なので、得意分野じゃなくても全体を完成させるために必要な事であれば、それは自分でやらなければいけない。

当たり前だが、自分は一人しか存在しないので、複数人が同時に一つの作業を片付けるよりかは、遅い。圧倒的に遅い。100個の荷物を100人で運ぶ場合と、100個の荷物を1人で運ぶ場合では、速度結果に甚大な差が出る事くらい誰だって分かるだろう。それくらい遅いのである。

しかしながら、方向転換は容易である。指示を出すのも自分一人であるし、言うことを聞くのも自分一人であるし、動くのも自分一人である。全てが自分の脳内で完結するのだから、方向転換においては速い。圧倒的に速い。100人の人間に指示を伝えて、100人にそれを承諾させて、100人を思い通りに動かす場合に比べれば、一人の方が絶対的な速度を持っている事くらい誰だって分かるだろう。それくらい速いのである。

そして何よりも気楽であり、そして何よりも孤独である。

「大企業と私営」みたいな極端な比較しかできないのは、発想のストレッチが足りていない証拠かもしれないが、まぁそのくらいの違いがあるのである。

私一人で完結すれば、速度はともかく物事はストレートに進む。

一番わかりやすい形

世の中に煩わしさを感じたり、新鮮味がなくなってきたり、自分ができる事を増やしたかったり。そんな風に思うのであれば、私だけで終わる活動に手を出すのも良いのだろう。

煩わしい人間関係はないし、新鮮だし、「自分ができない事」という多くの壁にぶつかる事ができるだろう。

家族に守られている間は、家族の良さがわからない。家族から離れた時に家族の良さがわかるだろう。

しかし、家族に守られている間は、家族の悪さもわからないのである。

結局の所、そこから離れて別の場所から遠目で観察する事によってわかる事も存分にあるのである。

組織にも大中小があり、良し悪しではなく合う合わないの話なのだと思う。その一番小さい形が「私だけ」という活動である。

そんなものは相性の問題であるが、やはり一番わかりやすく一番ストレートなのは「私だけ」なのであるから、そこに憧れる気持ちはやはり誰にでもあるのではないだろうか。