体力がないからやる気がないのである

やる気が出ないとか、意欲がないとか、気力がないとか。

そういう要素で他者や「最近の若者」を弛んでいると批判するケースはそれなりに見受けられるけれども、それって根っこの部分としては「体力がない」が故の結果なのだと思うのだ。

体力がないから、「やる気、意欲、気力」が出ないのである。体内にエネルギーが残存していないのならば、何も行動できないのは当然の事である。

それを意志だとか精神だとか根性だとか、そう言った超次元的な要素を引き合いに出して誰かに文句を付けるのは超間違っているのである。そんなに文句があるのならば、精の付くものを食べさせてあげるとか、リフレッシュするための休暇をあげるとか、体力が付く方法を教えてあげたりとか、そう言った実践的な事をすればいいと思う。無論、本人が嫌がらない範囲での上だが。

もう私はどうしようもなく体力が欲しいのである。もっと欲しいのである。いくらでも欲しい。私が一日24時間超元気でフルに活動できたら、それなりに大いなる功績を残す事ができるんじゃないかと思う。

そらそうだ。人の二倍行動できるのならば、人の二倍のパフォーマンスが出せたとしても不思議ではない。いや、連鎖反応的にもっと大きな効果が出るかもしれない。

レベルを上げて物理で殴る人生の方が爽快だ

工夫とか効率とかってのが世の中では持て囃されていて、さらには私も持て囃しているのだが、それよりももっと純粋たるパワーみたいな何かの存在にも注目したい。

体力があってたくさん知識知恵経験を吸収できるからこそ、その人はより効率的な方法を獲得して実践していくような気がする。効率的な方法を取得して実践するにもまず体力が必要なのである。

少ない体力の中で、工夫と効率を重ねて資金や余暇を得たとしても、貧弱な体力ではそれを拡大増幅する事は難しい。低収入の人間が節約してもたかが知れているという話である。

だったら、まずは一番最初に体力を徹底的に鍛えて、そこから工夫効率を学習していく方が断然成長スピードが速いし気分が良いのではないだろうか?

貯金を増やすために毎月少額を溜めるよりかは、収入を一気に増やした方が気持ち良いと、誰もが思うはずだ。

劇的に能力が向上するイベントが欲しい

という訳だから、私は体力が欲しいのである。もっと欲しいのである。ダイナミックに人生を堂々と歩みたいのである。

あれか?筋トレでもすればいいのか?つってもやってるからね?ちゃんと。でも全然付かないのである。まぁ前よりは幾分マシであるが、私よりも遥かに強靭たる体力を有してる猛者共を見かけると、やはり「もっと欲しい」と願望してしまう煩悩マックスな状態なのである。

煩悩マックスである事を私は悪いと思わない。生きるという事は煩悩にまみれる事だと考えるからだ。

なので体力が欲しい。何?たくさん食べればいいの?ほんとに?食べすぎて内蔵が疲れるんじゃないの?

じゃあなんだ、断食でもしろってのか?いやいや、ネットで持て囃されていて程、断食に効果が無いことは私が実践済みである。一時期長期的にやったが、普通に風邪引いて体力ヘロヘロで私にとっては無意味であった。

手堅く日々の筋トレと健康的な食事内容を心がけるべきであるのだろうが、なんかもっと劇的な奴が欲しいんだよ。

「この水を飲めば、潜在能力が覚醒するんじゃ!」的な展開が欲しい。

あぁ、最近コーヒーばっかであんまり水飲んでないな。ちゃんと飲もう。