聞いた癖して何だそれは

お前の方から聞いてきた癖しやがって、テキトーな返答や辛辣なコメントを残す奴。ほざけ。なら急に聞いてくんじゃねぇよ。阿呆か。

私の事を「質問すらする価値がない奴」と認識しているのならば、そもそも一切の質問を行わなければいけないのである。にも関わらず聞いてきたのである。ならばそれなりの敬意を払った態度と対応を行なうべきではないだろうか?

まぁ、今回の回答を持って、金輪際聞かないというのならばまだわかる。でもそういうのじゃないだろう。今迄の人間関係の延長線上で質問してきて、今後もその延長線は同じ方向に伸びていく事は私にも想像が付く。つまりは単純に相手方の聞く態度って奴がいけ好かない、というのが私の愚痴だ。

「いや、そういう事、聞いてないから」とか「でも、何々だからいいじゃん!」とかそういった反論じみた、言い逃れじみた、苦し紛れみたいな回答がムカつく。

そういう事を聞いていないのならば、ちゃんと質問内容で回答される範囲を絞れ。

何々だからいいじゃん!とか言うけど、全然良くないから、本当に目に付いた箇所だから指摘してるんだよ。

お前が求めるから与えてやってんだから、せめてもの礼儀として飲み込んだフリくらいはしろよ。後でこっそり消すとか、やんわり断るとか、やり方は脳みそが付いてるんだから思い浮かぶはずだろう。


善悪の取捨選択

「他者の良いレスポンス」に対して悪い態度を取ると、いずれその良いレスポンスは減少していくだろう。

「他者の悪いレスポンス」に対して悪い態度を取ると、いずれその悪いレスポンスも減少していくだろう。

最終的には孤独になるだろう。それが良いというのならば、別に咎めはしないが。

そう、人は他者に対して悪い対応ばかりしていると、そもそも人が寄ってこなくなるのである。至極当然だが、わからないでいる人は多い。

とは言えども、その逆に人は他者に対して良い対応ばかりしているからと言っても、必ずしも良い結果だけが待ち受けているという訳でもない。これも当然である。

悪い現象に対して悪い対応をすると、悪い現象は減るのである。

良い現象に対して良い対応をすると、良い現象は増えるのである。

全ての現象に対してそうであるかは不明だが、少なくても人間に関してはそうである。

ならばその対応を自分自身でコントロールして、善悪を取捨選択すれば、もっと楽しい人生が歩めるはずである。

愚痴を吐くのに理由を求めるのか

とは言っても、腹が立ってもその腹の中を簡単に打ち明ける事ができる程に社会は寛容でもない。権力と体面と評価が人の本音を奥へ奥へと押し込めるからだ。

だからこそ、私はこうやってこっそりと憤怒の心をネットの海へと流しだすのである。

そうやって流れ出た憤怒の心は、大自然の力によって薄められ毒性を減少させ、共感できる他者の孤独を救い自尊心を回復させる薬へと変性するのである。同じ心情を持つ人間の存在を確認すれば人の心は安らぐし、少量の毒は人を喚起するからである。

そういう感じに私は私の悪感情にそこそこの正当性を付与する事で、ようやく腹の中の物をすっきり吐き出し爽快な気持ちに浸れるというものなのだ。非常に面倒な自分自身に辟易する限りである。

すっきりした。終わり。