伝え方こそが「伝わり方」というシンプルな人間法則

世の中には「正しい事さえ言えば、どういう言い方をしても良い」と思っている人がいる。

確かに指摘している内容そのものは正しい事を言っているし、それを素直に実践するのならば効果が上がる事も認められる。しかしながら、以下の特徴を備えながら他者に情報を伝えるに当たっては、もうそれは悪い事なのではないと私は思うのである。

  • 怒りながら、キレながら伝える
  • 馬鹿にした言い方で伝える
  • 伝え方が非常に雑で理解しずらい

こういう特徴を備えながら、役に立つ情報を伝える人間については、やはり不快である。中身が美味でも外装が醜悪なデザインならば、やはりそれは不快で気分が悪いものなのである。


長短の分解作業

不快で気分が悪い、しかしながら役に立つのは事実だ。そういう出来事に遭遇した時、人はどうするのが最善なのだろうか?どういう対処こそが賢い行いなのだろうか?

例えを挙げるのならば、「Aさんは道を歩いていたら、通りすがりの人にいきなり腹を殴られて苦しんだ。しかしその通りすがりの人は実は人体に精通している超プロな人間で、実は殴ったことによって、Aさんの極悪な病魔を治癒していた。結果としてAさんは長寿健康の人生を送った」というような話である。言うまでもなく作り話である。

こんな場合の話である。この場合はAさんは感謝すべきなのだろうか?それとも憎むべきなのだろうか?

そりゃあ勿論、「事前に懇切丁寧にAさんの症状に対して説明をしてくれて、尚且無償で治療を行ってくれる」というのが理想的なパターンではあるだろう。しかしながら、世の中というのは不思議なもので、そんな甘い話はない。あっても詐欺だ。

現実においては、人間という生き物は善と悪が一つの体内で入り混じっていて、時と場合によって出す顔が違うものであるから、何事も一長一短であり、玉石混交なのである。世の中わかりやすい話ばかりならば、この世はそんなに複雑になっていないはずなのだ。メリットとデメリットは分割されて発送される来る訳ではないのである。

失礼に対しての対処は実にシンプルで良い

そんなこんなで私は思い悩むのである。感謝すべきか憎むべきか、はたまたそのどちらでもないのか。人間の持つ人格とか一貫性とかに過剰な期待をしているから、私は感謝とか憎むとか言う選択肢で悩んでいるのかもしれない。

人をただの現象として把握するのならば「痛い目に遭ったけれど、なんか得したぞ!面白いこともあるもんだな!」っていう具合に納得して悶々と悩まず日々を生きる事ができるのではないだろうか?

人を現象として見る考えに倣うのならば「総合的に観察して自分にとってメリットの方が大きければ感謝する」というアクションを取るのが最善だと思われる。先の例に対して「あなたの治療は的確だが、態度が非常に失礼ですよ!」と忠告するのはどうにも私には虫が良すぎると思うのだ。というかその程度の忠告で人が簡単に変わる訳がないし、変わってしまったらその分失われる何かがあるはずだ。

先の例での対処を具体的に考えるのならば「ともかくいきなり殴られたのだから、引き止める。怒る、社会的制裁を加える。そして相手の弁解とその内容の担保ができたのならば、後遺症の不存在と今後の類似被害の抑制を行った後に釈放する」というのが正しい。つまりは「とりあえず外装的に考えて不快な事をされたら、まずは怒って対処せよ」という単純な話だ。

というか、そうしないと詐欺や悪行の餌食になってしまうのは目に見えているからだ。


醜悪なデザインは予想以上の害悪だ

という訳で最終的な結論としては「自分にとって悪そうな事をされたらまず怒って対処しろ。誤解されるような中途半端な真似をする方が悪い。」という考えで世を生きるのがベターであると思う。その上で、後々自分に対してメリットが付与されている事に気が付いたのならば総合的に考えて、メリットとデメリットのどちらが勝っているのかを思考した上で今後の身の振り方を考えるのが良い。」という事だろう。

そう考えると「醜悪な外装で相手に良い情報を伝える」というのは、やはりとんでもない悪手であると思う。「本当はいい人なのに」というのは子供の時分でしか通用しない言い訳なのではないだろうか。

その逆に「悪い伝え方しかできないが、中身は良いことだらけ」というような隠れ財宝みたいな人間を探して、その人達と仲良くする事が、現代においては有用な処世術になるのかもしれない。結構そういう人っていると思うんだよね。全てにおいて完璧な人間なんていないのだから。

あぁ、でもそうなると「様子見」のフェーズが必要になってくるのだろうか?いや、いらないだろうか?判断を間違えたのならば、手のひらを返せばなんとかなる事の方が多いからな。「様子見」って常時ノーガードみたいな感じだから、高等技術であると思う、基本的には上記の結論で問題がないのではないかと思う。