クリエイティブとは何かを言葉で明確に説明できたら、それはもうクリエイティブな感じがしない。


想像力こそがクリエイターの資質なのか?

現実にあった事しか思い浮かべられない人間はクリエイターには向いていない。そんな事を思った。

今迄この世界になかったような事を思い浮かべて体現させる作業こそがクリエイティブなのだから、過去をただ寄せ集めただけでは新しい物は生まれないのである。

つっても、情報がなければ新規の発想も生まれないのは当然である。やはり過去の記憶は必要不可欠なのである。では、過去の記憶のみで生きていく人と過去の記憶を再構成して新鮮な情報を作成できる人は何が違うのだろうか?

想像力が豊かな人だろうか?と思ったが、リアルに情景を思い浮かべられたとしても過去の情報をただ映し出すだけならば劣化版映写機であるので、それがクリエイティブたる所以にはならないだろう。


伝達力は少なくても、クリエイターにとって必要なのか?

ならば理想を掲げられる人だろうか?と思ったが、理想だけを掲げるのが上手でなんら具体的な物事を提示する事ができない人間はたくさんいる。その癖自分の事をスゴイ人間だと思っちゃったりしているから迷惑。結局、具体的に現実においてどんな形で存在するのかを考えられなければいけないのである。仮に空想的なクリエイティブさだとしても、「ワ~とか、ドカーンとか、バババとか、そういう擬音」でしかそれを表現できず他者に空想を伝える事ができない人間はただの阿呆な人である。やばい。

そんなこんなを考えるとクリエイティブって何だ?という疑問は次々と湧き出して私の脳内を熱くしてくのである。

平気でクリエイティブって言葉を使うし、クリエイティブさを遺憾なく発揮する人も思い浮かべる事はできるが、具体的にクリエイティブを我々は共通認識として持ち合わせていないし、再現する事もできない。

自分が理解できない概念を上手に使いこなす事ができる人がいるならば、そんな人を私はきっとスゴイと思うのだろう。そういう対象こそがクリエイターなのである。

凡人が気付けない事に気付くのがクリエイターなのか?

ここまで考えて分かったことは、その「クリエイティブさを伝達するための手段を所有していなければ話にならない」という事である。具体的には五感を通して情報を伝える技術であり、その結果が文章だったり音楽だったり絵画だったり映画だったりする訳である。天才芸術家も五感の内のいずれかを使用してその芸術性を伝達している事だけは確かである。

とは言えども、その「結果」の部分だけに着目してしまい、自分も芸術家を目指そうとすると「伝達技術のみが向上するだけ」であり己自身に芸術性を持ち得ていないと、何ら効果がない状態になってしまうので難しい所である。絵が上手なら、その人は絶対にクリエイティブだとは言えない、という事である。

じゃあ、その芸術性とは何ぞや?って所が気になって仕方ないがない次第ではあるが、他人の脳内を直接覗くような事は不可能であるので、やっぱり自分で色々頑張ってみて、それで駄目だったらしょうがないね、という非常に凡人らしい結論に至る訳である。

人が改善できる所はその人が気付ける所だけである。