「時間を気にする時間」を気にしろ


時間を気にする事に追われる

私は時間が気になる性格だ。

特に期限や予定が詰まっている訳でもないのに、事あるごとに時計を見てしまう。働いている時も遊んでいる時も、振り返ってみると、そんな挙動を取っているなぁと思う。

言うまでもなく時間にタイトである事が悪い訳ではない。しかし私の場合は過度である気がするのだ。

大切な予定であれば、スマホやパソコンにスケジュール登録はする。アラートの設定もする。早起きしなければいけないのならば、目覚まし時計も複数セットする。その成果があってか、その辺の期限は今迄きっちりと守ってきたタイプだ。

しかしながら弊害もある。時間が異様に気になる。場合によっては1分に1回くらい時間を気にしてしまう。Youtubeはスマホの上に時間が表示されないから、非常にハラハラする。気になる度にホームボタンを押して時間を確認してしまう事もあるくらいだ。

別にYoutubeを見ているくらいなのだから、タイトなスケジュールを組んでいる訳ではないし、期限が迫っている訳でもない。

なのに、気になる。これは良い事なのだろうか?


悪い神経質

不安も神経質も「安全に事に当たる」という事を鑑みれば、一概に否定できるものではない。人は死んだら終わりなのだから、ある程度の不安は抱くのが正しいのだと思う。

ただ、私の場合は少しばかりそれが過度なんではないだろうか?不安というよりかは、神経質なのだ。私は。

時計一つで済めばいいけれど、隣の部屋からの壁の音、日常での会話の些細な部分だったりも、今こうやって振り返ると神経質過ぎるほどに気にしてストレスを感じているように思える。

特に、日常会話での些細な部分って奴は、私が誰かに言われた事であるが、記憶を掘り起こすならば私の方がよっぽど引っ掛かるような台詞を吐いている事に気付く。「他人の振り見て我が振り直さず、なのに気にする」というよろしくない状態に陥っている感じだ。

癖が精神状態を動かす

私は「気にする事で損失している事」を気にした上で、気にする事を辞めるようにしたらいいのではないだろうか?という事を思うのである。

1回時計を見たら1秒くらいは失われるはずだ。1分に一回時計を見れば1時間で1分失われる計算だ。これは損である。

時間はアラートの設定を駆使しておけば問題ないはずなので、文明の利器の力に頼ろうと思う。

行動は繰り返すと癖になり、癖は自然と自分の思考になる。1分に1回時計を気にしていたらリラックスなんてできるはずもないのだから。

変に真面目ってのも考えものである。