超必殺技の誕生と制約

最近の格闘ゲームは全然やらない。というか格闘ゲーム自体全然やらない。私はあんまり運動神経が優れている方ではないから、何をどうすれば良いのかが理解できても、それに体が追いつかないのである。よって勝てない。だからやらない。

そんな格闘ゲームをやらない私にでも、格闘ゲームの話を小耳に挟む事がある。最近の格闘ゲームには超必殺技というものがあるらしい。

必殺技。必ず殺す技と書いて必殺技。この技を喰らって必ず殺される人間はゲーム内には登場した事がない。ネーミングと真逆の意味を持つ言葉も存在する事を私はその時に知った。
必殺技は必ず殺す技ではない。だが、最近知った「超必殺技」はどうやらヒットすれば本当に嘘偽りなく本当に殺す技らしい。

だがしかし、それだけの絶大なる効力を秘める超必殺技は、物凄く複雑なコマンドを要求されるし、コマンド入力が成功して超必殺技が発動した所で、「酷く狭い範囲に刹那の瞬間しかヒットしない」という制約を課せられているそうだ。

まぁ、それはゲームとしては至極当然だろう。簡単なコマンドで絶対に当たり、必ずKOする技があったら面白くも何ともないからである。効果が絶大であるならば、制約はがんじがらめで無ければバランスが取れないから面白くないのである。

必殺技が人を殺さない理由

さて、そんな超必殺技である。非常に魅力的な響きである。必殺技は嘘を多分に含んでいるが、超必殺技は偽りがない。本当に言葉通りに必ず殺すのである。

贅沢を言うのならば、必殺技にこそ必ず殺す要素を付与して欲しいと思うし、超必殺技は必殺以上の要素を含んで欲しいとは思う。なんだろう、「俺はスーパーサイヤ人だ!」とか言ってる癖に髪の毛が黒髪でいつも通りのヘアースタイルだったら、なんかすごい残念じゃん。

まぁ過ぎたことは仕方がない。きっと必殺技だって、並のレベルの格闘家に向けて放つ分には「必殺」だったのだろう。しかしながら、猛者の中の猛者ばかりしかゲームには登場しなかったから、「アレ!?俺の放つ必殺技、必ず殺せてなくない!?」みたいな事態になってしまったのだろう。

ゲームに登場する前はしたり顔で「えぇ、私の技は必ず殺すから必殺技なんですよ!」と銘打って自己の強さを宣伝した良いもの、実際放ってみたら、皆が皆死なないから、その辺はみんなダンマリを決め込む事になって、そこには触れない事が暗黙の了解になったのではないだろうか?

そんな経緯を慮って、必殺技にはこれ以上触れない事にする。折角、超必殺技が登場したのである。もういいじゃないか。

超必殺技は飾りとしての存在だけでも優秀だ

個人的には超必殺技って概念ってすごい好き。武器としても一つは携えていたい気分だ。

超必殺技は確かに複雑な条件を満たした上での極小範囲でしか有効にならない、という制約はあるものの、相手からすれば「これだけは絶対に喰らってはいけない!」という警戒心を植え付けるには打って付けの要素だからである。

超必殺技は相手に無謀な行為、軽はずみな行為を許さないための脅しになり得るのである。相手を緊張させ、本来持っているパフォーマンスを発揮させないための飾りとしてだけの価値を切り取っても超必殺技は優秀なのである。
何なら事前に適当な対象に超必殺技を喰らわせておけば、戦前の準備としては最高である。単純なる攻撃力の問題ではなく、人間に対しての心理的負荷を与える効果も付与されているから優秀なのである。

だからこそ、超必殺技は無闇矢鱈に使用してはならないと考える。戦いに熟練していない初心者であるならば、「飾りor脅しの道具」として活用するのが望ましいだろう。何故なら、多用することによって相手の心理的負荷を取り除いてしまうのは不利な状況へと勧めてしまうだろうし、何より空きができるし純粋な攻撃回数が減るのである。

そらそうだろう、当たらない超必殺技ばかりを繰り返せば、当たる通常攻撃の回数が減るのは必然である。

挙句の果てには「これさえ当たれば、私は勝利できるんだぁあ、当たれよぉぉぉ」みたいな、明らかに負け犬ムードなギャンブラーみたいな心境になってしまい、「超必殺技の魅力に自分自身が殺されてしまう」みたいな間抜けな事態になる。

いつの時代も一発逆転だけを頼りに生きる人間は敗者になるのである。

超必殺技は魅力的だ。だがそれは「宝くじで3億円!」みたいな魅力を大いに含んでいる。だから使用方法は気を付けなければいけない。