「avast secure browser」から考える、良いことをすれば、その分悪いことをしてもいいのか問題


日常を壊したいと思えども、壊されたいとは思わない

日常のよくある風景。

それは帰り道であったり、自宅のインテリアであったり、親しい友人であったりする。

私の場合は、その風景の一部にデスクトップパソコンの画面があった。特にこだわりはないけれど、見慣れた物にはそれなりの愛着が湧くのが人情というものだろう。

そんなよくある日常の光景は人を安心させるのだけれど、それだけに日常を乱される事を嫌う。退屈な日常をぶち壊したいと思う事は多々あれども、他人に無粋な方法で壊されたいと思う事はない。そういう言葉尻を捉えたような行為は私は好まない。

だからこそ、私は今、思案している。いつも恩恵を施しているからと言って、悪を行っても良いのか?と考えている。善行は契約でもないし金銭でもないのだ。「何をしたら、何をしても良い」等という取り決めは皆無であるし、100円あげたら100円貰っても良いなんて約束も記憶にはない。


善行の分、悪行を許すのか?

何故こんな事を考えるのか?それは「avast secure browser」が知らない内に勝手にインストールされており、パソコンの起動時に自動的に立ち上がる現象を目の当たりにしたからだ。

まぁ、正直言って、不快である。全くもって失礼である。これはよろしくない。

というかそもそも、いつもではあり得ないその現象とそのブラウザを自然に受け入れて使用する人ってどれくらいいるのだろうか?私ならば、「avast secure browser」が超高性能なブラウザであったとしても、そういうセコい紹介の仕方をされたのならば、暫くは不使用を心掛けるだろう。

そう、そもそも営業の仕方が陰湿なのである。気づいたら勝手にインストールしておいて、勝手に起動して「使うよね?」みたいなメッセージを遠回しに伝えてくる。「ほら、いつも無料でウイルス対策してやってんじゃん!」とか言うメッセージが背景にはあるのだろう。

確かにそれはその通りである。私は無料でウイルスからの脅威をavastに守って貰ってる。確かにそれは感謝に値するだろう。だがしかし、「良いことをすれば、その分悪いことをしてもいいのか」と言うならば、私は違うと思う。施しを与えたからと言って、好き勝手に奪っていい理由にはならない。

身の丈誤りの代償

まぁ、いくらでも言い訳はできるのだろう。

  • 無料でやってんだから、そのくらい我慢しろよ!強欲な奴め!
  • 無料提供だからお金に困ってるんだよ!それくらい分かってよ!
  • じゃあてめぇ正直に「使って下さい!」って頼んだら使うのかよ!?使わないだろ!

なんて具合だろうか。いちいちそれに対して回答するつもりはない。理屈は何にでも貼り付くから、全てに対応していては日が暮れてしまう。

確かに、日頃からお世話になっている存在を無下にし続ければ、その存在はいつか離れていくだろう。日常では意識しないインフラ的な職業に従事している方々にも敬意を払わなければ、日常を過ごす事は難しいだろう。

しかしである。やはりそれとこれとは別の問題なのである。それは話のすり替えなのである。

寄付や支援をお願いするとか、需要のある商品を販売するとか、そもそも無料という無理のある形態を失くすとか。そういう道を模索するしかないと思う。

身の丈に合わない善行を積む代償として、悪事を行うなどという結果はあまりにも格好がつかない。それは善行ではなく、高すぎるプライドを守るための独善的な行為である。