100円ラーメンは過程を楽しむには最高の食材

「即席ラーメンって、一食当たり100円ぐらいじゃん!ヤバイ!」とか思うんだけど、結局チャーシューとか卵とか野菜とか入れちゃうから、そこそこいい値段になってしまうという残念な結末に至ってしまう。

そこそこの時間を掛けて、そこそこの金銭を投じて、食べてみると大して上手くない。これならコンビニやスーパーで売っている電子レンジでチンするだけのラーメンとか買ったほうが良かったんじゃないかと絶望したりする。

まぁ、料理というのは目的だけを求める人と過程と目的の両方を楽しむ人がいるだろうから、余計に値段がかかった所で構わない勢は相当数いるのだろうが。むしろ自分が食べる事を目的としないで「他人に食べさせる」とか「作る事を楽しむ」という勢力もいるそうだから、世の中は広いもんである。食べる専門家の私としては有り難い話である。

こういう、メインの食材の値段のみをピックアップして世間の注目を引くというのは、商売的な観点でも行動学的な観点でも非常に素晴らしいなぁ、と感激する次第である。


入り口は広くは商売の基本

「100円だって!?安いやんけ!!激しく購入するわ!」という気持ちを引き起こすには十分過ぎるインパクトを有しているし、「自分の好みでトッピングしてみたら楽しいかも!安いから気軽にできる!」という創作欲をも引き起こすのである。

安いからこそ手が出しやすいし、広がりの幅を想像させるからこそ、関連商品が売れる。芸術的な商売的手腕である。

何か行動を起こすにしても、最初から「腕組みしているような高級ラーメン屋のラーメン」なんかを作成しようと思うと腰が引けてしまい、断念する結果に陥るのである。

100円ラーメンの凄さは、「何故か、100円ラーメンを買って茹でるだけで、あたかも具だくさんの高級ラーメンができるかのような錯覚」を覚えさせてしまう事にあるのだろう。で、いざカゴに100円ラーメンをカゴに入れ、調理の風景を思い浮かべる時には、やる気が徐々に湧いてくるのである。

まぁ、こういう入り口は広くする商法ってのは、若干詐欺臭いのだが、自分にとって良い方向へと誘導する分には存分に活用したいものである。

自分のわずかな希望を膨らませる能力

夢がないとグズっている人間はそういう意味では商売にはあまり向いていないのかもしれない。

自分自身に夢を見せるってのも、商売的な観点で考えるのならば、それなりに策を練り手順を踏まなければいけない作業である事が考えられるからだ。一人から数百円の金銭を儲けるだけでも、企業群は日夜知恵を絞っているのである。人間一人を夢中にさせるのには、もっとたくさんの努力が必要であろう。

そして、自分の夢を作る努力を他人がする道理はない。よって、超偶然に次ぐ偶然的出会いが発生しない限りは基本的には素晴らしい夢は自分で吟味して調理する必要があるのだと思う。

残念ながら、自分には夢が全くない、と豪語する輩は、100円ラーメンすらまともに作る気概がないのかもしれない。そこそこのいい大人、高校生くらいになれば、現実は思い描いた通りにはいかないし、自動的に自分を夢中にさせる物なんてそんなにないって事だって自ずと理解できるはずなのである。

にも関わらず、自分の人生を自分で上手に味付けして美味しく頂こうとする気概を持たない者は阿呆で間抜けであろう。

味付けもトッピングも、ある程度は自分の自由である。まずは100円ラーメンでも買って、美味しく頂く方法でも考えてながら人生の計画について考えるのもいいかもしれない。