見たくないけど、見てみたい

アンチに対しての抗議?というか意見の歌なのだろう。

最近とんでもない勢いで売れているポルカドットスティングレイである。その分何かしらの批判も十分に存在するのだろう。

そういう批判の集合体をきっと作詞者はパンドラボックスに例えたのだろう。

ええと、パンドラボックスってなんだっけ。なんか開けちゃいけない的な箱だよな。あれって。まぁ、たぶん大体そういう意味で使われているはずだ。というかパンドラボックスって検索したら、すぐさまポルカドットスティングレイのPVが一位に来るレベルの人気である。ファンが聞いてググるのだろう。

臭い物に蓋で非難できるのかもしれないけれど、確かに開けなきゃ何の問題もないのだ。ファンレターを開封しない、ツイッターとか開設しない、エゴサーチなんかしない、ファンに個性を見出さない。

そうやって、周囲をパンドラボックス化していけば、間違いなく他者からの評価から逃れる事ができる。他者の評価から逃れる事が正しいのかどうかは些か疑問ではあるが、悪い評価や誹謗中傷なんかを凝縮した箱ばかりを覗いていては毒に侵されてしまうのである。

多くの人と出逢えば必ずと言って良い程に自分を嫌う人は出てくる。
(好んでくれる人も出てくる事を祈る)

そんな必ず発生する事であり、嫌いに深い理由なんてないのだから、一々覗かなくて良い事なのだろう。

覗かなくてよい事を覗いて傷ついたり、やらなくていい事をやって苦しんだり、触れなくていい傷を掻きむしって傷つくのが人間の不思議である。怖いもの見たさ的なものなのだろうか。

やっぱり人は自分の生命を守る事が優先するから、良い情報より悪い情報を優先してしまうものなのだろう。良い情報は人を殺さないけど、悪い情報は人を殺し得るからだ。

そんな情報に振り回されて苦しむくらいならば、そもそもそんな箱、開けなければいい。

そんな意味なのかは不明であるが、パンドラボックスである。


アーティストのジレンマ

カッティングが格好いい曲である。ギターの音が気持ち良い。そしてボーカルの人はPVを重ねる度に美人になっている印象である。衆目に晒されるというのは何よりの美容効果なのだろう。

PV的にライブ演奏を撮影したのが今回の内容であるが、観客にはもれなくアイマスクがされている。そして一様に同じ動作で演奏者を応援する。

これが何を意味するのか?

ファンの両目を自己のシンボルマークで覆い隠して、批判の目を向けさせないようにする。
ファンの全て同じ動作をさせ個性をなくす。
ファンの目を見ない。つまりはファンの意見を取り入れない。

つまりはファンの生かされながらも、ファンの心をパンドラボックス化したいというアーティスト側の葛藤が表現されているのかもしれない。

そんな意味なのか?と思って歌詞を再度見たら、どうなんだろうと思ったけど、パンドラボックスである。