「だぞ」って、ふとした瞬間に言いたくなる

有給、だぞ!

違うよ、クソが。なんだよ有給って、ほざけ。

って別に最近は十分に休めているのだから、何にも文句はない。大体において幸せである。ただ純粋に言いたかっただけだ。

UQワイマックスという企業そのものは好きでもないし、嫌いでもないのだが、それでも「~だぞ!」的なフレーズは妙に耳に残る。

前に利用していたからだろうか?それとも広告量がそれなりに多いからだろうか?それとも二文字程度なら私でも記憶できるからだろうか?

理由は分からないけれど、それでも「~だぞ!」が私に印象に残る。

そして別に有給でも何でもない。ただ言いたかっただけだぞ。

「だぞ」が与えるキャラクターってあるの?

だぞ、って可愛い言葉なのか、正直な所、よくわからない。

「タッチ」という漫画におけるヒロインが頻繁に使用する語尾、というのが私が知る限りの最古の「だぞ」なのであるが、それ以降の漫画史を辿っても、それが同様の意味合いで使用されている訳ではない。

それを象徴するのが「クレヨンしんちゃん」のしんのすけ(彼の漢字が未だに分からないぞ)である。

「オラしんのすけだぞ!」的なキャッチでお茶の間のお子様達にケツを露出させて笑いを取る芸風を学ばせたのは彼だ。世の主婦達の頭を悩ませたのも彼だ。オトナ帝国の逆襲で思わず涙してしまったのは私だ。あれは良い映画だった。

まぁ、少なくとも、しんのすけは無邪気で陽気な人気者なクソガキを象徴するキャラクターであり、ヒロイン的な可愛さを有している訳ではない。

しかしながら彼も「タッチの南さん」と同様に「~だぞ!」を多用している。

「ござる」とか「でやんす」とか「~じゃ」とかは、その語尾を口にするだけで自分のキャラクターをそれなりに確立させる事ができるのだが、「~だぞ」にはそれがない。

曖昧だぞ

「だぞ」は語尾にキャラクターが宿るタイプではない。それはきっと確かだ。

では、この「だぞ」は我々にどんな効果をもたらすのだろうか?これがわからない。

その辺を踏襲した上で、私が何故「だぞ」に強く心惹かれるのか?という疑問に答えるのならば、「よく分からないにも関わらず、私の脳内にそこそこ浸透しているから」ということになるのだろう。

人は分からない物を理解したいと望み、見えない物を見たいと望む。それが明かされた暁には、その興味と欲求は消失してしまうのである。

「だぞ」は長年愛されている語尾であるにも関わらず、空中でふわふわしているような語尾である。だからこそ私は惹かれるし、商才のあるUQワイマックスなんかがこれを取り入れて大衆からの注目を浴びるのだろう。

つまりは、そういう事だぞ。

こう、言ってみると思うのだが、これを日常的に使用するのは難しい、というかキモいな。

余程のヒロイン的な美少女か、余程の人気者系クソガキじゃないと使いこなすのは難しいだろう。

「だぞ」はその人に強烈な個性を与えるだろうが、結構な諸刃であることには間違いない。