良い嘘と孔雀/綺麗事や美辞麗句で飾る事は必ずしも悪い事ではない


綺麗な事に引き寄せられる

セルフサービス方式的な裁量労働制って憧れる。やった事ないからなんだろうけれども。実際ツイッターとかで流れてくる裁量労働制の現実って、普通の労働と何にも変わらないじゃん!というか残業代出さないための口実じゃん!なんて感じらしいので、まぁそんな所なんだろうなと思うが、響き自体は中々おしゃれなのである。

自己の裁量で仕事を動かせる!自由なビジネススタイル!柔軟なライフワークバランス!

みたいな。昔も今日も格好付けた言葉に踊らされてしまう始末であり、何とも言えない感じである。

まぁ、派手に着飾り過ぎた物事は大概が多分に詐欺を含む事くらいは、私とて十分に学習した次第ではあるが、孔雀という派手に着飾る生き物が今の今まで遺伝子を保持してきた所を見ると、そういう着飾るという行為も中々馬鹿にできたものではないのだろう。


真実は素晴らしいか?

正直に!嘘偽りなく!本当の事!

というのは泥臭く地道にコツコツタイプは大好きな標語であり、現実的に堅実的に生きていくためには不可欠な要素ではあるが、それでも何一つ嘘を付かない事が本当に素晴らしい事なのかと言えば、それはそれで首をかしげたくなるように私の性格は変化したのである。

本当の事は間違いなく真実であるが、真実が必ずしも人を幸せにするかと問われたら、それは違うのである。真実は全然人を幸せにしないのである。真実ばかりを主張すれば、それは暗く重い作品に成り果ててしまうし、嘘で綺麗事ばかりを並べればJPOPのヒットチャートに殴り込めるのである。

皆が皆、口を揃えて「正直が素晴らしい!」と言っているけど、実際の所の行動は嘘のふんだんに含まれている美辞麗句を愛しているのである。人を理解するには、何を言うかよりも、何を行ったかを観察した方がよっぽど効果的である。

良い嘘

要は「建前」という奴なのだ。私は日本以外の国に行った事がないし、日本以外の人と深い話をした事がないけれど、それでもこの国には建前が跋扈していると感じる。嘘ばかりである。それに気づけないと社会で生きるのに大変苦労してしまうのである。

バカ正直に「お前の外見を俺は不快に思っている!」とか「お前口臭酷い」とか「糞ハゲ」とか、もうそんな事を言ったら社会生活は簡単に争乱を引き起こしてしまう事は、少しでも社会の中で過ごせば分かる事だろう。

矛盾を抱えなくて良いのである。嘘は必ずしも悪い事ではないのである。良い嘘と悪い嘘があるだけである。ちなみに最初に話題に出た「裁量労働制」なんかは日本では悪い嘘が含まれているそうである。

できることなら、良い嘘を付くことに力を傾けよう。悪い真実より良い嘘の方が価値は高いと私は思う。

羽をもがれた孔雀は惨めかもしれないが、羽を広げた孔雀は綺麗なのである。真実も、嘘を纏えば綺麗な物になるのだ。

悪い真実も悪い嘘も言わず、できる事なら良い真実と良い嘘で人生が構成されますように。