不満の気持ちを保存する意味

まぁ、この季節だ。何かと色々あるだろう、特に新人さんは。

そんな時に思うのはただひたすらに「死ね!」という己の憎悪を代表した言葉に違いない。その言葉が出る理由は人によって様々だが、この言葉が憎悪を生まなかった事はないだろう。人の生命に対する言葉は何であれ重い。

きっと、その時にその人の気持ちは、ほとんどの場合において正しい。少なくても間違ってはいない。新人さんが社会に出て思う事は大半は確かに間違っているのである。ただ問題なのは、その間違いを誰もが修正できない事にあるのだろう。修正できない間違いは、いずれ無理やり押し込めるかのように正しさの枠に収まってしまう。そんな正しさに順応する事に大人は成功してしまったのである。

だが新人からすれば見える景色は全て間違っているように見えても仕方がない時期もある。まるで異なる環境に飛び込もうとしているのだから、当然だろう。

だからこそ「上司死ね!」や「同僚死ね!」や「仕事やめたい!」みたいな叫びが心を占領してしまうのだが、できる事ならばその時の気持ちを何らかの媒体に残しておいて欲しいと思う。何故なら、それは将来的に非常に有益になり得ると思うからだ。

文章に自分の気持ちを綴っても良いし、今の時代ならば手軽に動画を撮影する事ができるのだから、その時の気持ちを残す事は簡単なはずである。


新人の気持ち、社会人の気持ち

何故、自分の会社についての憎しみを保存しておく必要があるのか?それは忘れるからである。あなたが将来仕事を続けるにしても、仕事を辞めるにしても、新人の時の気持ちというのは時が経過する度に忘却されていくのである。どんなに壮絶な体験でも、時が過ぎれば確実に薄れるのである。

じゃあ何故、覚えておく必要があるのか?あなたが上司になった時に、新人の気持ちを心から理解するできる効果があるからである。そうでなくても、自分の若かりし頃の純粋な気持ちを保存しておく事は自分の過去を振り返る際にも重要な情報になるだろう。

新人の頃の記憶を掘り起こすと「何を馬鹿な事を言っていたんだろうか?」なんて思う事は多々ある。脳内にある記憶を手繰るだけでも、本当に阿呆な事を考えていたものだなぁ、と思うものである。ちなみにその内容は「ロクに現実を知らない人間が理想だけを頼りに社会を馬鹿にする」と言ったものだった。

もっと詳細にその気持を形に残しておくならば、得られる物はもっとたくさんあるはずだ。だから何らかの形に残しておく事が大切だと思う。新人の頃の浅はかさを反省する機会にもなれば、社会に染まってしまった事で気づけない悪癖に気付く事ができるかもしれない。

新人の頃と、社会に染まった今。それのどちらが正しいかは知らない。
だが、その両者の真摯な気持ちを知り比べる事は両方の良い所を取り入れる事のキッカケになるかもしれない。