自己都合な勤務内容

「それ、私は聞いてないから悪くないよ!」

この台詞で責任から逃れようとするために、何かにつけて会議を欠席しようとする人がいる。そらまぁ、ほとんど意味を成さない不要な会議であれば、まだ心情は理解できる。しかしながら、そこそこに重要な内容であり、後々に響いてくる物であれば、できる限りスケジュールを調整して会議に出席するべきだと思う。

「私、忙しいから」

忙しいのは皆一緒であり、タスクがあるのも皆一緒だし、残業したくないのも皆一緒である。しかし、それでも自分だけは皆と違うと思っている人はいて、責任逃れも立派に正当化してしまう人はいるのである。

発言がブラック企業的だろうか?どうなんだろうか?何とも言えない所である。

そこまで過酷な残業がある訳ではない。ただ自分の都合だけを考えて、周囲の事はまるで気にかけないのは良くない、と言っているだけなのに、どうにもブラック臭が漂ってしまうのは何故だろう?時代のせいだろうか?

「ブラック企業とかパワハラ」という言葉が誕生した所為で、ちょっとでも厳しい事を言ったり考えたりすると即刻それらに該当するのではないかと危惧してしまうのは悪い癖なのだろうか?

悪い事は確かに存在するが、やはりその境界性は曖昧で、その所為で面倒な事が発生してしまうのである。


「叱る」と「パワハラ」

会社の多くは複数人で構成されている。複数人で構成されていれば組織である。組織は集団の力を活用して利益を出すのが基本であるのだから、自己より組織を優先させる行動が利益に繋がる。

間違っていない。だがこの理屈を悪用する人間が増えたから、間違ったように聞こえるのだ。

「会社に生かして貰っている癖に、自分の都合ばかり考えるんじゃない!」

「皆の事を考えて行動できないのなら、組織に属する資格はない!生意気な事をするなら自分一人で事業を起こせばいいだろう!甘えるな!」

「皆も頑張ってるんだから、お前も頑張れ!」

なんて台詞も、大筋では間違っていないのである。だが、過度にそれを使用されると間違いになる類のものなのである。

確かに組織の恩恵を受けているのに、組織に迷惑ばかり掛けている人は自分勝手であり、甘えた性格だと言わざるを得ないだろう。だが、どのぐらい恩恵を受けていて、どのぐらい奉仕しているかというのは、視覚的数字的に見えにくいものがある。その辺は、「言ったもん勝ち」みたいな所があると思う。

だから、適当に仕事をしてサボって真面目な人に仕事を押し付ける社員がいたり、要求を高くして不当に低い評価を下し過剰な労働を押し付ける社長がいたりするのだろう。きっと、そういう環境では真面目な人が一番損をする。正当な評価を下してくれる環境でないと、真面目な人は輝けないのだ。

大事な会議くらいは出席しよう

大事の定義も曖昧である。世の中、曖昧な物ばかりである。結局、不真面目な人はその定義の曖昧さを悪用して自分の都合を優先するのだろう。

そういう意味では、やはり仕組みの問題なのだと思う。会議に出席した人が責任を負い、会議をサボった人が責任を逃れられる。その構造がもう間違っているのだ。

仕事ができる人に仕事が集中するのは当たり前だ。ならば仕事が集中する人に利益が集中する仕組みを作らなければいけないだろう。仕事は簡単に分けられなくても、お金は簡単に分け与える事ができてしまうから不公平は生まれる。組織は「不平等な均等分割」を行ってしまうから、サボる人も真面目な人も利益が同等になってしまう。

アレだな。とにかく不真面目で適当でサボって逃げるような人に、不利益を押し付けるような制度を作りたいものである。

あぁ、でも自分よりできない人を切り捨てていけば、いつかは自分が最下位になってしまうのである。自分より下の人間が存在するから、自分は上位にいられるのである。

そういう意味では、多少の不真面目は見過ごすべきなのだろうか?これが必要悪というものなのだろうか?

兎角、人間関係や組織というのは面倒臭いものなのだろう。